第14話 13、半年と思ったら、まさかの・・・
シュライダー侯爵は、ふざけた口調で話し掛けて来たニコラス陛下へ、フッと諦めたような顔をした。それを見たニコラス陛下が更に絡みつく。
「カール、お前は何処に転がされていた?私は、皇都の外れにある西の離宮の一室、しかも床の上だぞ。目が覚めた時にはすっかり埃まみれで、身体は痛いし、もう散々だった」
(えー、陛下とお父様って、気楽に話しをするような関係だったの???でも、私が知ってる二人は、事務的な会話をしてる姿しか見たことが無いのだけど・・・)
カレンは父親であるシュライダー侯爵が、ニコラス陛下の軽口に何と答えるのかが気になって仕方ない。
「はぁ?ニック!床に転がされていただと!?最悪だな・・・。オレが目覚めたのは、皇宮にある禁書庫内の三人掛けのソファだ。だが、まあ、床に比べたら随分マシだったな、ククッ」
シュライダー侯爵は口元に手を当てて、笑っている。
「お二人は一体どういう関係なんですか?」
カレンが聞く前に、アルフレッドが質問した。
(殿下も、この二人の関係が気になったのね)
ニコラス陛下はシュライダー侯爵へ目配せをする。お前が答えろと言わんばかりに・・・。
「その質問は、わたしが答えよう。陛下と私は、レダを通して知り合った友人だ。ここでは、陛下はただのニックだし、わたしはただのカールというルールがある。だから、皇宮で見かける姿と違っていて驚かせてしまったようだね」
「そのルールは、レダ殿が決めたのですか?」
「ああ、そうだ。レダはそういう人間社会の身分で区別するようなところが、大嫌いだからね」
シュライダー侯爵は、レダのことを思い出しながら話しているのか、楽しそうな表情をしている。その顔は、カレンが長らく見ていない父親の顔だった。
一年前、突然再婚するとシュレイダー侯爵が宣言してから、カレンの周りでは、様々な事件が起こった。幾度も父親であるシュレイダー侯爵へ、義母と義妹の引き起こした問題をカレンが訴えても、冷たい能面のような表情で全く相手にしてもらえなかったことを思い出すと、今も胸をナイフで刺されたような痛みを感じる。
それに絶望を感じて、ここへ逃げて来たのに、今、目の前には昔のように穏やかで優しい父親が立っている。それが本当に夢のようで・・・。カレンは嬉しい気持ちが、心の奥底から湧き上がると同時に涙まで溢れて来そうになった。
僅かに顔を歪めたカレンに気付いたアルフレッドは彼女の腰に腕を回し、優しく抱き寄せる。
「おいおい、親の前でそれは止めてくれな・・・」
シュライダー侯爵が茶化すように言い掛けたところで、ニコラス陛下がそれを止めた。
「カール、私たちが眠っている間に、帝国内はかなり深刻なことになっているようだ。この二人も、私が婚約破棄を宣言し、カレン嬢の義妹であるエマが新しくアルの婚約者になっていると・・・」
「カレンの義妹エマ?私の娘はカレンだけだろう?エマとは誰だ!?」
「お前は、一年前にレベッカという女と再婚したらしい。義妹とは、その娘エマのことだ」
「私が再婚?いや、それはあり得ない。そんなことをしたら、レダに殺される」
「ああ、殺されろ」
「いや、ちょっと待て!ということは、わたしが昏睡したのは、少なくとも一年前だということか?」
「そうだろうな。私は半年前、何者かに昏睡させられて床に転がされた。だが、それよりも前にあったはずの、お前が再婚したという話に関する記憶が全くないのは不思議でならん。知っていたら、全力で止めるだろうからな」
ニコラス陛下とシュライダー侯爵は、ふたり揃って、この不可解な出来事に首を捻る。
「ーーーーー父上、もしや一年半前から転がされていたのでは?」
アルフレッドの一言で、室内にまさか?という空気が流れる。
「一年半!?流石にそれは長すぎる。間違いなく半年前だ!それに今は二千二十三年だろう?」
「違います!」というアルフレッドとカレンの声が揃う。
「今は二千二十四年です。まぁ、一年半も床に寝ていたのなら埃まみれになるのは当然ですね」
アルフレッドが冷ややかな声で指摘する。ニコラス陛下は地団太を踏んだ。
「な、なんと!一年半だったというのか!?犯人は誰だ、むむむ、絶対許さぬ!!」
「ニック、嵌められたのは、わたし達二人だけなのだろうか?」
「カール、背筋が凍るようなことを言わないでくれ。早急に現状を把握して対処を考えよう」
「ああ、そうだな」
カレンは、横でぴったりと寄り添っているアルフレッドを見上げた。当然のように腰を抱き寄せて優しくしてくれるけれど、今の二人は婚約者でも何でもないのである。
“この状況は許されるのだろうか?”と、カレンは悶々としてしまう。すると、シュライダー侯爵がカレンへ向かって言った。
「カレン、殿下とのお前の婚約はわたしとニックで必ず元に戻す。だから、そんなに心配そうな顔をしないでくれ。殿下、カレンをしっかり守ってください。じゃないとレダが・・・」
言葉尻は今一つ聞き取れなかったが、カレンは父親であるシュライダー侯爵が力になってくれると言ってくれるだけで、とても安心出来る気がした。
(良かった、やっと分かってくれたのね!!此処に来る前のお父様は、義母と義妹の肩ばかり持って、全く話なんて聞いてくれなくて・・・。あっ、でもそのお父様は、この本当のお父様では無くて、あの魔法人形だわ!!じゃあ、本当のお父様は眠っていただけで、何も変わっていないということなのよね?何だか、変な感じだわ。頭の中を整頓しないと、また混乱してしまいそう・・・)
実は、カレン以上に混乱しているのはアルフレッドだった。父親であるニコラス陛下が一年半前から偽物にすり替わっていたと発覚したのである。
アルフレッドはこの一年半の間に帝国内で起こった出来事を脳内で思い返していた。しかし、何もかもを怪しいと疑い出すと終わりが見えなくなってしまいそうだ。正常に処理されたことと誰かが意図的に処理したこと、それをどう判別すべきか?
すでに途方に暮れたい気分だった。
だが、ニコラスはこの一年半の出来事をアルフレッドが途方に暮れようとも、しつこく聞き出して知らなければならない。
「アル、誰が何を目的にこんなことを仕組んだのか早急に見極めないといけない。お前が知っている一年半の出来事を聞かせてくれ。怪しいか怪しくないかは後で判断する。とにかく起こったことすべてを話せ!」
「ええ、かなり長い話になるかと思いますが・・・。分かりました」
ニコラス陛下とアルフレッドのやりとりを聞きながら、シュライダー侯爵は自然と厳しい表情になる。なにせ、あのレダが飛び出していくほどの事態なのだ。しかも、すでに飛び出して行ってから半年も経過したとカレンが言っている。
「カレン、レダは他に何か手掛かりになるようなことを、出て行く前に言わなかったのかい?」
「レダさんは、私のことを知っていて、今起こっていることもすべて分かっていると。それから、義母レベッカにお見舞いしたいと言っていたわ。それに・・・仕返しも云々と・・・」
「――――レベッカにお見舞い?仕返し??まさか・・・、ニック、あの女は今どうしている?」
シュライダー侯爵は、アルフレッドと話し込んでいるニコラス陛下へ問いかけた。ニコラス陛下の脳裏には赤黒く光る爪、毒を口にしたかのような濃い紫色の口紅が印象的で、嫌な思い出しかない一人の女の姿が思い浮かぶ。
「あの女とは、あの忌々しい大公妃のことか?」
「ああ、確認した方がいいだろう。レダが借りのある女というのは、アレしか思い当たらないからな」
(忌々しい大公妃?大公のお妃さまというのなら、隣国の公国のこと?)
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