第13話 12、八つ当たり
ニコラス陛下は、話を始めるのかと思いきや、窓の外を眺めて動かなくなってしまった。
(何か思い出しているのかしら?)
気付けば、もうすぐ陽が落ちそうな時間になっていた。カレンはアルフレッドの様子を窺う。アルフレッドは不機嫌そうな顔をして腕を組み、書棚に寄り掛かっているのが見えた。
「父上、そのシュライダー侯爵との話というのは、ただの昔話なのでは?俺たちは今考えないといけない問題が山積みです。時間を無駄にしては・・・」
「ちょっと待て、待ってくれ、アル!!そんなに焦らなくとも、話の一つくらい聞いてくれても良いではないか」
「いいえ、ただの昔話なら、またの機会にして欲しいです。それよりも父上は皇宮に戻り、ご自身の状況を確認された方がよろしいと思います」
「アル、半年も眠らされていた父親に冷たくないか?」
「まんまと騙されるなんて、王狐のメンツもあったもんじゃない・・・」
アルフレッドは小声で呟く。“何を呟いたのか?”カレンには聞き取れなかったのだが、ニコラス陛下は聞こえたようである。そして、彼はとても悲しそうな表情を浮かべていた。
(陛下、完全に凹んじゃってるじゃない。さっきまで、半年も昏睡していたのだから、少しくらい優しくしてあげたらいいのに・・・)
「殿下、もう少し優しく・・・」
カレンが宥めようと試みるも、アルフレッドは話を遮るように首を横に振った。
「カレン、父上が呑気に昏睡している間に君と俺の婚約は解消され、あの女が新しい婚・・・。あーもう!考えたくもない!!八つ当たりくらいしてもいいだろ」
「――――八つ当たりか・・・それは本当に済まなかった。ところでアル、その新しい婚約者と言うのは、カレン嬢の義妹だとか」
「ええ、そうです。あの女が王妃になったら、この国は終わりです」
ここで、アルフレッドはニコラス陛下とカレンに、この半年間に起きたことを詳しく話した。
まず、カレンが表舞台に出なくなった途端、エマは次期王妃としての活動費を皇宮へ請求して来たらしい。自身の地位にふさわしい品格を保つために必要だというその額は、現在の王妃さまを凌ぐほどの額だったという。
(王子の婚約者が次期王妃の活動費を請求するなんて話は初めて聞いたわ・・・。まだ結婚もしていないのに?あり得ないでしょ)
当初は却下されたものの、いつの間にか帝国の財務責任者をしているカッサーノ伯爵を味方につけ、強引に予算を通した。本来ならば、街道整備に回す予算をもぎ取って・・・。
「一年くらい整備が遅れても問題ないでしょう?」と扇で口元を隠しながら、偉そうに言っていた姿を思い出すだけで腹が立つと、アルフレッドは憤る。
(帝国民が納めた税金なのに、街道の整備を止めて、王子の婚約者の品格を保つための予算に転換させた?いやいやいや、無いわ!これ本当の話なの!?)
次は、王都内にあった十か所ほどの孤児院を郊外へ移転させる案を出してきた。理由はのびのびと質の良い教育が出来るというものだったが、ふたを開ければこれも浮いた予算を我が物にしようという浅ましい計画だったのである。
アルフレッドは、「あの女が子供のことを考えて動くはずがない」と両こぶしを握り締めて怒りを露わにしていた。
そして、アルフレッドが一番許せなかったのは、皇族の粛清を口にし出したことだという。跡取りの血筋以外は、混乱を招くため粛清すべきだと口にしたらしい。
(殿下の声が怒りで震えてる・・・。その気持ちは分かるわ。彼女の自分勝手が常識では考えられないもの。だけど、エマと義母レベッカは、どうしてそんなにお金と権力に固執したのかしら?それに、こんな状況になるまでお父様は何をしてたのよ!!あっ・・・、忘れてた!!お人形!!お人形がお父様の身代わりに・・・。お父様も陛下のように不在だったのよね。えーっと、本物のお父様って、ご無事なのかしら・・・)
カレンはつい先ほどまでシュライダー侯爵の姿をしていた人形を手に取って、まじまじと眺めてしまった。
「アル、カレン嬢とのことは必ず何とかする。今は怒りを納めて私の話を聞いてくれ」
「はい、取り乱してすみませんでした」
「あのう、お二人とも椅子に座ってお話しませんか?」
カレンの提案で、三人はダイニングルームに移動した。カレンは再び、お湯を沸かし、お茶の準備を始める。先に着席した二人はカレンの様子を見守っていた。
と、そこで、コンコンコンと店のドアをノックする音が聞こえてくる。
「誰か来たみたいですね。お二人はここで待っていてください。お客様でしたら、断って来ます」
カレンの言葉に二人は頷いて返事をした。アルフレッドは無言で、自身の喉を指差す。
(ああっ、声、声ね!念のために声色を変えておかないと!!)
カレンはドアに向かいながら、ボソボソと呪文を唱え、声色を変えた。
「すみませんが、今日はもう終わりました」
ドア越しに閉店した旨を伝える。
「開けてくれ」
外から聞こえて来る決して大きくない声に、カレンは聞き覚えがあった。
(え、えええ!?うそ!陛下のお話も聞いてないのに、もう来たの!?)
カレンは素早くカギを開けて、ドアを開く。目の前に父親であるシュライダー侯爵が疲れた様子で立っていた。
「急いで入って!」
手を伸ばしてシュライダー侯爵の腕を掴み、部屋の中へと引っ張る。彼が部屋にに入った瞬間、扉を閉めてカギも掛けた。勿論、陛下たちの安全を確保するためにである。
「レダ、約束を破ってしまいすまない。非常事態・・・」
シュライダー侯爵は話している途中で膝から床へ崩れ落ちる。
(は!?お、お父様!!大丈夫!?)
カレンは膝をついて、シュライダー侯爵に目線を合わせた。
「シュライダー侯爵、どうされたのですか?」
カレンの放った一言で、弱弱しく床に座り込んでいたシュライダー侯爵の目つきが一瞬で鋭いものへと切り替わる。
「お前は誰だ!」
カレンは、シュライダー侯爵の怒気を孕んだ声に思わず怯んでしまった。
「お前は誰だと聞いている。レダは何処へ行った!」
カレンはハッとする。シュレイダー侯爵は陛下と同じくレダを知っているのだ。小手先の変装では騙されないくらいに・・・。
「事情をお話します。少しお待ちください」
カレンは、声色を元に戻すための呪文を唱えた。
「お待たせしました。お父様」
カレンが“お父様”と口にすると、シュライダー侯爵は目を大きく見開いて口をポカーンと開く。
「お父様、私は侯爵邸からここへ逃げて来たのです。レダさんは私の代わりに侯爵邸へ向かいました。今から半年も前に・・・」
「身代わり・・・だと?いや、それよりもカレン、お前はレダと知り合いだったのか」
「はい、そんなに親しいというわけではないのですけど、成り行きでレダさんの身代わり占い師をしています」
「そうか・・・」
シュライダー侯爵は俯いて、黙り込んでしまった。
(お父様とレダさんって、どういう関係なのかしら・・・)
「シュライダー侯爵、いや、カール!!久しいな」
会話も無く床に座り込んでいた二人は、声がした方へと視線を動かす。ダイニングへと続く廊下から現れたのはこの国の尊き方々、ニコラス皇帝陛下と第一皇子アルフレッド殿下だった。
「陛下、いやニック、そして殿下まで何故ここに!?」
「ああ、非常事態が発生したんだよ。カール、お前も無事にここへ辿り着いて良かったな、フフフ」
驚くシュレイダー侯爵に、ニコラス陛下は不敵な笑みを浮かべていた。
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