第12話 11、お人形

 項垂れるニコラス陛下に帰れとも言えず、成り行きでお茶を出し、世間話をするというカオスな状況になっている。アルフレッドの婚約者時代の方が他人行儀だった気がするのは何故だろうか?


 カレンから、“婚約破棄を決めたのは陛下ですよ”と聞いたのが、余程ショックだったのか。この短時間の間に何度もニコラス陛下からお詫びを言われた。今の状況をアルフレッドが見たらどう思うのだろうかと少し考えてしまう。


「カレン嬢、占いの仕事をしているというが、そなたは占星術をレダに習ったのか?」


(陛下にとっては素朴な質問なのだろうけど、下手な回答をしたら、私が詐欺をしていたみたいになってしまうのでは!?)


「いえ、レダさんとは最初に会っただけで、占星術を含めてこのお店のことは、レダさんの弟子のキュイに習いました」


 真実を半分織り交ぜることで、嘘ではない答えを伝える。ニコラス陛下は頷きながら、カレンの話を聞く。


「そうだったか。私が呑気に昏睡している間、カレン嬢は頑張っていたのだな」


 陛下はテーブルの上からマグカップを持ち上げると優雅な仕草で一口飲む。シナモンをたっぷりと入れたミルクティーをお気に召したのか、すでに三杯目である。


「私はレダに恩があってね。何か返したいと思っても、いつも上手くいかない。シュライダー侯爵にも悪いことを・・・」


 そこで、コンコンとドアをノックする音がした。


 カレンはニコラス陛下へ目配せをする。お客様が来たのなら、ここに陛下が居るというのはマズいだろう。カレンは立ち上がるとドアの前へ急ぐ。そして、ドア越しに外にいる人物へ語り掛けた。


「どちら様ですか?今、他のお客様がいらしていますので・・・」


「―――――俺だ。時間をズラした方がいいか?」


(あっ、殿下!!)


 カレンは、パッと直ぐにドアを開いた。そこに立っていたのはアルフレッドとカレンの父であるシュライダー侯爵だった。


「え?お父様・・・、はぁ?なんで!?」


 カレンが驚きの声をあげると、アルフレッドが口元に人差し指を立てた。シュライダー侯爵は二人のやり取りを見ても、顔色一つ変えずに立っている。


「声!」


(あああ、そうだった!!地声に戻したままだったわ!)


 一先ず、カレンは左手で口を押さえ右手をひらひらと振り、外に立っている二人を室内へ招き入れた。そして外に下げていたOPENのプレートを裏返し、CLOSEに変える。当然、鍵もしっかりと掛けた。尊きご身分の御二人が成り行きとは言え、ここに揃っているのだ。警戒してしまうのは仕方ない。


「なんと!?アルとシュライダー侯爵じゃないか!」


「なぜ?父上がここにいるのです」


 マグカップを片手に驚いているニコラス陛下へ向かって、アルフレッドが直球を投げる。


「いや、今日の昼頃、急に目覚めて、レダのところへ行かないといけない気がしたのだ。私は半年ほど昏睡していただろう?」


「父上が昏睡?いえ、普通に生活されていたではないですか」


「いや、それは私ではないだろう。何故なら、半年間の記憶がない。しかも目覚めたのは、皇都の外れにある西の離宮の一室だ。その上、私は床に転がされていたのだぞ。お陰で、体中が埃まみれで最悪だった。ここまでくれば、レダに相談すべき案件だろう?」


「床ですか・・・酷いですね。まあ、命があって良かったです」


「それは確かにそうだな。お前が冷静過ぎて少し悲しい気分だが・・・」


 アルフレッドとニコラス陛下のやり取りを、シュライダー侯爵は黙って聞いている。一方、カレンは、今朝アルフレッドがここを出て行った後の話を聞きたくて仕方がないが、今はそれを切り出すタイミングでは無さそうだ。


「ところで、シュライダー侯爵よ、久しいな。何でも私がカレン嬢を婚約者の席から外したと・・・」


「はい、陛下の御心のままに」


 シュライダー侯爵の返答を聞いたカレンは違和感を持った。横に座っているニコラス陛下も同じ様で表情も訝しげになっている。


「二人とも、シュライダー侯爵がおかしいと感じただろう?」


 アルフレッドはカレン達に向かってハッキリと言った。しかし、その言葉が聞こえているはずのシュライダー侯爵は何の反応も示さない。


(明らかに様子がおかしいわ!!!一体、誰がお父様をこんな風にしてしまったの?)


「カレン、父上。俺は一つ試してみたいことがあって、シュライダー侯爵をここに連れて来たんだ」


「ほう。やってみるがいい」


 陛下の返事と一緒にカレンもカクカクと頷く。アルフレッドはシュライダー侯爵の方を向き、質問した。


「魔女に制約を掛けられているのか?」


「・・・・・」


 シュライダー侯爵は何も答えない。


「レベッカか?」


 アルフレッドが詰め寄るとシュライダー侯爵はゆっくり頷いた。と、同時に小さくなって行く。


(あ、これは・・・)


 床に人形が転がる。何の装飾も無い人型人形が、そこにあった。


「アル、これは・・・」


 陛下が人形を拾いあげ、アルフレッドに問う。


「これは、魔女の魔法で動く人形でしょうね。今朝まで、この占いの館にもキュイという同じような人形が居たので、もしかしたらと思ったんです。明らかにシュライダー侯爵の様子も変でしたからね」


「まさか、私の人形も・・・」


 陛下の表情が強張っていく。


「ええ、父上が眠っていたのなら、その可能性は高いでしょう。どうして父上の魔法が解けたのかは理由も分かりませんが・・・」


「――――アル、これは大変な事態だぞ・・・」


「ええ、俺にとっても婚約者を挿げ替えられるという大事件が発生していますからね。徹底的に敵を炙り出して懲らしめますよ」


 アルフレッドの言葉には、怒りが込められていた。


(レダさんは全てを知っていたから、私がここへ来るなり飛び出していったのね。私のことを心配していたわけでは無くて国を心配していたのだわ)


 カレンは、自分のことしか見えてなかったと反省した。


「カレン、どこかでシュライダー侯爵が目覚めているかもしれない」


「それなら心配は要らない。恐らく彼は目覚めた後、ここへ来るだろう」


 ニコラス陛下が自身満々に答える。カレンとアルフレッドはその根拠の分からない内容に首を傾げた。


「お前達に、彼と私の話を少ししようと思う」

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