第2話 1、やんごとない身分の御方
ーーーーー今から十日ほど前の出来事である。
突然『レダの家』に現れた(やんごとなき身分の)大物客は、躊躇なく店内へ入って来た。そのまま、店主レダに歩み寄り、彼女を上から下まで遠慮なく視線で辿る。レダは緊張のあまり挨拶をするのも忘れて立ち尽くしてしまう。
しばらく沈黙が続き、先に口を開いたのは大物客の方だった。
「次の満月の晩、ここに泊めて欲しい」
大物客、もとい銀髪で見目麗しい男は、唐突にとんでもないことを口にする。レダは一見、平静を装っていたが内心はかなり動揺していた。
(こ、ここに泊まるですって!?)
男はスラっとしていて、背が高い。且つ、しなやかな身のこなしから、身体をしっかりと鍛えていることが分かる。意志の強そうな瞳の色は紫と紺色が混ざったような独特な色。身なりはレダと同じく黒いマントを羽織っていたのだが、薄暗い店内の明かりでも上品な光沢を帯びていることが見て取れた。これは、素人目でも高価な布地を使用していると分かるだろう。更に、マントの袖口やフードの縁には、精巧緻密な刺繍も施されていた。
一方、レダのマントは師匠から借りているマントである。そのため、寸法も合っていないし、布地には歴史を感じさせる毛羽立ちがあり、とてもじゃないがオシャレとは言えない代物だった。
しかし今、レダはそんな身なりの違いに気を回す余裕などなかった。先ほど(やんごとなき身分の)大物客が放った相談内容に首を傾げているのだ。
(それって、相談じゃなくてお願いごとじゃない?一体、どういう・・・)
「お客さま、ここは占いの館です。宿屋ではございませんので・・・」
レダは、勇気を出して言葉を濁した。しかし、男はガラス玉のように透き通った瞳で、レダを射抜くように見詰めて来る。
「では、占い師殿。俺の未来を占ってくれ。そうすれば、理由を言わなくてもあなたなら分かるだろう」
男は珍しく、“話を聞いてください”と言わない客だった。こうなると、レダはこの男のことを自力で調べないといけない。
(もしかして、私、試されてる?)
レダは机の下から水晶の球を渋々取り出した。そして、水晶に映る目の前の男へ視線を固定する。
「すみませんがお客様のお名前を教えて下さい。フルネームではなく、ファーストネームで構いません」
「―――アルフレッド」
(ああ、やっぱり・・・そうなのね。他人の空似でもなく、間違いなくこの方は・・・)
「では、アルフレッドさまの未来を占います」
(はぁ、仕方ないわ。ここで私情を挟んではダメ!!相手は、私の正体を知らないのだもの。だから、ちゃんとレダとそのお客様として対応しないといけないわ。だけど私、占いなんて全然出来ないのよね。こうなったら、それらしく未来を占っているフリをして、彼の記憶を見せてもらうことにしましょう)
レダは全神経を集中させ、水晶玉で占いをしているフリを始めた。そして、こっそりと自身の魔力を開放して、水晶の向こう側にいるアルフレッドの記憶を探っていく。
(―――これは!何処かしら、んー、どうやら皇宮では無さそうね)
アルフレッドの記憶の中に、ある一室の風景が浮かんでくる。数人の貴族らしき男性たちが、“次の満月の夜にアルフレッドへ媚薬を飲ませて用意した女を部屋に送ろう”という作戦を話し合っていた。
「アルフレッドさま、とある犯行計画が見えました。ただ、これはわたしが覗き見て、良い内容なのでしょうか?」
「ああ、構わない。おれはこの計画を上手く潰したいと思っている」
「分かりました。では、具体的にどうして欲しいのかをお聞かせ下さい」
「次の満月の晩、俺は敢えて媚薬の入った食事を取り、こいつらに騙されたフリをしようと思っている。だから、その晩はここへ泊まらせてくれ。そうすれば、あいつらの計画は実行したにも関わらず、失敗に終わる」
レダは、少し思案した。
「では、ご自身の寝室には戻らず、ここで満月の日の夜を過ごしたいということでしょうか」
「そうだ。レダ殿ならば、俺が媚薬を盛られて暴走しても止められるだろう?」
アルフレッドはレダをかなり信用しているらしい。それに、レダが占いだけではなく、魔法も使えるということを知っているようだ。
(いや、実は私、かなり年若い女性なのですけどね。まぁ、この姿と声だから、あなたは気がつかないでしょうけど・・・)
「では、一つだけお願いがあります。アルフレッドさまが暴れられたら、私の腕力ではとても止められません。その時は魔法で拘束します。許可を下さいますか?」
「―――魔法で拘束か・・・。いいだろう。それくらいで済むなら我慢する」
「では、お受けいたします。あと、もう一つだけお約束を。このことは、どなたにもお話にならないでください」
「勿論、誰にも言うつもりはない」
こうして、アルフレッドの頼みを引き受けることになったレダは、相手がやんごとなきご身分の御方で、きちんと断れなかったことを後悔したのだった。
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