第3話 2、ニルス帝国の皇子
ニルス帝国は、西の大陸の南部にある。海岸線が長く、漁業、リゾート、海運業などが盛んな国だ。そして、この国の海軍の戦闘力は世界一と名高い。それ故、海賊は決してニルス帝国の水域には近寄らないというのは有名な話だ。
また、建国神話以来、二千年とも言われる長い歴史を刻んで来た直系皇族は、魔族の血を受け継いでいるらしい。そのため、皇家一族の魔力は、一般の魔法使いを遥かに凌ぐとも言われている。
何故、“らしい“なのかというと、皇家の機密事項関連の管理が鉄壁過ぎて、情報が全く漏れ出て来ないからだ。例えば、皇族を直接お世話する使用人及び身辺警護をする騎士たちは、代々その職を世襲している家門の者しか就くことは出来ない。勿論、下っ端はその限りでは無いのだが。しかし、この異常なくらいの金城鉄壁は、何か大切なことを隠していますと認めているようなものである。
(そんな皇家の第一皇子アルフレッド殿下が、何故、ここへ気安くお願い事をしに来たりするのよ。大体、殿下は有り余る魔力を持っているのでしょう?自分で解決すればいいのに・・・)
レダは、レダ(師匠)ではなく、私として一番関わりたくない人物が、何故ここに来てしまったのかと頭を抱えた。
――――――――――
すっかり夜も更け、満月がヤドリギ横丁を明るく照らす。
コンコンとノックの音がした。
見習いのキュイが、静かに扉を開く。フードを被ったアルフレッドが立っていた。静かに室内へと促し、キュイは扉を閉めカギを掛ける。
「こんばんは、アルフレッドさま。ここへ来ることを誰かに見られたりはしていませんか?」
「こんばんは、占い師どの。心配には及ばない。念のため、皇宮の私室からドアの前まで転移してきた」
アルフレッドは被っていたフード付きマントを脱いだ。すると、頭の上に可愛いモフモフの耳が・・・。
「えっー!?」
(頭にケモ耳がついてるー!?えっ、殿下?こんな秘密があるなんて、私は全く知らなかったのだけど!?今まで隠していたってことよね?それって、かなりの重要機密なんじゃ・・・??)
レダは両手で口を押えた。驚きの余り、つい叫んでしまったからである。
「構わない。初めて見た者は驚くだろうからな。それに今夜は満月。おれを狼男だと勘違いしている馬鹿な部下たちが犯行をより確実にするため、媚薬を盛るなどという愚策を考えたのだろうが・・・。わざわざ教えてはやらないが、俺は銀狼ではなく、正しくは銀狐だというのに・・・」
「銀狐・・・、ぎんぎつね!?」
(え、待って!皇族に入っている魔族の血って、きつね?嘘っ!?本当に???)
レダは初めて聞いた話をどう受け取ったら良いのかが分からなかった。アルフレッドは、目の前で老齢の占い師が動揺している様子を目の当たりにして違和感を持つ。
「占い師どのは、この話を知らなかったのか?」
「ええ、初めて聞きました」
「そうか、父上からヤドリギ横丁の占い師レダ殿は皇家の秘密を知っているから大丈夫だと聞き、ここへ相談に来たのだが・・・」
レダの背中に冷たい汗が流れた。アルフレッドのいう占い師レダ(師匠)は、今ここには居ない。いろいろと勘繰られないよう言葉に気を付けながら、レダは事情を話し始めた。
「アルフレッドさま、その占い師は先代かも知れません。私が弟子に入って直ぐに師匠は亡くなったのです。そのため、私は皇家の秘密を存じませんでした。また、今知った秘密は決して口外しないとお約束します。どうぞご安心くださいませ」
(レダのことを聞かれたら、死んだことにしたらいいって、キュイが言ったのよね。こんな言い訳が、この人に通用するのかは怪しいけど・・・)
レダの話を聞き終えたアルフレッドは、眉間に皺を寄せて怪訝な表情を見せる。
「と言うことは、あなたは父上の言うレダどのではないということか。いま何歳だ?」
「いえ、この身なりで判断していただけるかと思いますが、それなりに高齢です」
「いや、おれの父上より若いのだろう。答えろ!」
アルフレッドは一歩前に踏み出した。レダは思わず後退りしてしまう。チラリとキュイに助けを求めたが、視線を逸らされる。
(もう!キュイの役立たず!!安易に死んだなんて言い訳をしたから、殿下が変なところを追求してくるじゃない。こういう時くらい助けてよ!)
レダの願いも空しく、アルフレッドは一歩ずつレダへ近寄っていく。もう、壁に貼り付けられるのも時間の問題だ。
ドンっ!
(うわっ、人生初の壁ドンが、まさか占い館で身代わり占い師をしている時だなんて・・・)
壁に押し付けた後、アルフレッドはレダが目深に被っているローブのフードを手でしっかりと掴むと、一気に後ろへ引き下げた。
(あ、マズイ・・・)
レダとアルフレッドの視線がバチっと合った。互いに見詰め合ったままで、時が止まる。キュイは場の空気を読み、隣の部屋へそそくさと逃げ去った。
沈黙を破ったのは、アルフレッドだった。
「カレン・マーレ・シュライダー侯爵令嬢、何をしている?」
「お久しぶりですね、殿下」
眉間に皺を寄せるアルフレッドへ、カレンはにこやかに挨拶をする。
真っ黒なおんぼろローブを着た彼女が、キラキラと輝く金髪を靡かせコバルトブルーの瞳で柔らかく微笑んでいる姿は違和感満載だった。しかし、今はそれどころではない。
「お久しぶりですね、じゃないだろう?何故、君がこんなところで占い師をしているのかを聞いているんだ!!」
壁ドンの体勢のままで、カレンに詰め寄るアルフレッド。カレンは、“師匠!ごめんなさい!!”と心の中で謝り、アルフレッドに事情を話すことにした。
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