【語り部:闔�豕瑚「�遨コ豌�」】(3)――「それはくび……いえ、チョーカーです」
四鬼。
それは先の大戦の最中、生物兵器のひとつとして開発された異能力者を指す言葉だ。
彼らは火や水を思うがまま操ることができれば、その身ひとつで自在に空を飛ぶことだってできる。夢のような能力を持つ彼らの身体には、生まれつき菊の紋章が刻まれており、戦時中は英雄として崇め奉られもした。
しかし戦争が終わってしまえば、彼らの扱いは英雄から一転、化物となる。人間を殺す為に造られた人間は、平穏な日常生活にはどうしたって馴染めなかったのだ。そうして世間から淘汰され排除され、四鬼と呼ばれたモノはもう存在しない。
だけど。
もしかしたら、まだ四鬼の生き残りは存在していて、案外近くで普通の人間を装って生活しているかもしれない。
そんな都市伝説だ。
「……そういう知識は残ってるんですね」
答え合わせをするように俺の知る四鬼について説明すると、少女はそう言ってため息をついた。
「だけどそれは、あくまで〈表側〉での解釈です」
「てことは〈裏側〉の解釈――つまり、事実は別にあるってこと?」
そうです、と少女は頷く。
「戦時中、遺伝子操作によって四鬼という生物兵器が造られたのは事実です。ただ彼らは過去の遺物ではなく、現在に至るまで確かに存在しています。しかも少数ではなく、大勢。現在は
「ふうん……」
元々戦争用に造られた人間なのだから、〈裏〉で生きていくのは自然なように思えた。
「ちなみに、その桐花会に問い合わせたところ、貴方と同定できる人物はいなかったそうです。貴方、はぐれ四鬼だったようですね」
「へえ、そういう連中も居るんだ」
四鬼は全員が全員、その桐花会とやらに属しているわけではないのか。
俺の相槌に少女は、桐花会としては全て管理下に置きたいようですが、と続ける。
「結局それは、能力を持たない人間側の都合です。四鬼が桐花会に所属するメリットはもちろんありますが、ビジュアル的なデメリットが大き過ぎて、評判が良くないそうです」
「ふうん……?」
そのデメリットとやらはなんだろうと考えつつ、相槌を打つ。言外に含んだ疑問は、しかし少女には伝わらなかったようで、そのまま話は進む。
「治療を行ったドクターが、貴方の身体に菊の紋章があるのを確認しています。貴方が四鬼であることは間違いありません。記憶喪失は、貴方の能力に関係しているのかもしれませんね」
「能力を使うと記憶がなくなる、みたいな?」
「断言はできませんが、その可能性もあるという話です」
仮にそうだとすると、あの路地裏で目を覚ます前の俺は、記憶を失ってまでして能力の使用を迫られたということになるのだろうか。
思い出そうとこめかみを押す。
答えは出ない。
「そうだ、それなら俺にも菊の紋章ってのがあるんだよね。どこ?」
考えていても栓のない話だからと、ここは自ら話題を変えることにした。
都市伝説としての四鬼の知識はあったが、四鬼の証明である菊の紋章というのは見たことがない。
好奇心に突き動かされ、袖をめくって探すが、これがなかなか見つからない。腹部のほうも確認してみたが、包帯がぐるぐると巻かれているだけ。背中とか、目の届かない場所にあるのだろうか。
「貴方のは、首にあるそうです」
少し頬を紅潮させ、視線を逸らした状態で、少女はそう教えてくれた。
「うん? ……あ」
なにを恥ずかしがっているのかと思ったが、今のはどうしたって俺が悪かった。年頃の女の子の前で、前置きなしに上着をまくるものではない。
「ご、ごめん」
「いいえ、気にしないでください」
地下牢に横たわる妙な空気。
女子高生相手になにを気まずい空間を作ってるんだと自責した俺は、敢えて明るい声で言う。
「そ、そっかあ首かあ! それなら俺からは見えないよねー……え?」
そうしてなんとはなしに首元に触れた。単純に首に菊の紋章があると指摘されたが故で、紋章なんて触れてわかるものではないと理解していたが――
「なに、これ」
首元には、本来存在してはいけないものが嵌っていた。
それひとつで、これまでの説明は全て嘘で、実はかなり心を病んでいる少女によってここに監禁され、でたらめを聞かされているだけなんじゃないかなどと、この上なくサイコパスな感満載で、しかし一周回って有り得そうな可能性がひょいと顔を出す。
「ああ、それですか」
しかし俺の動揺とは反比例するように、少女はいたって冷静に言う。
「それはくび……いえ、チョーカーです」
「いや今明らかに首輪って言いかけたよね?! これチョーカーとかそんなお洒落なものじゃなくて首輪だよねそうなんだよねっ?! ていうか、どうしてそんなものが俺の首に嵌められてんだよ!」
今日一番の大声での抗議だった。
記憶喪失になってるのは、この際不可抗力だとしよう。業務妨害の疑いをかけられ、殺人鬼呼ばわりされて牢屋に拘束されているのも、この際まとめて不可抗力だ。だがしかし、首輪だけはわけがわからない。脈絡がないどころの話じゃない!
「――ちょっとお? なにをぎゃあぎゃあ喚き立ててんのさ。うるっさいんだけど」
と。
この薄暗い牢屋に、心の底から不機嫌だと主張する新たな声が響いた。
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