【語り部:闔�豕瑚「�遨コ豌�」】(2)――「冗談はその悪趣味な茶髪だけにしてください」

「じゃあまず、貴方、名前は?」

「わからない」

「……。所属は?」

「わからない」

「……。誰の指示で、或いは誰と、宇田川社の業務妨害を行ったんですか?」

「わからない」

「……そうですか」

 ひどく残念そうにため息をつくと、少女はケータイを片手に、おもむろに立ち上がった。そして、憐みの目を俺に向ける。

「私は忠告したのに。残念ですが、その様子じゃあ轟文さんコース決定ですね……」

「ち、違う違う違う! 黙秘しているわけでも、嘘をついてるわけでもない――ぎぅ!」

 ばたばたと手を振って否定する。その拍子に背中の傷が激痛を訴え、俺は悶絶する羽目に陥った。背中を火で炙られているようだ。

「十数針ほど縫う怪我だったらしいから、急に暴れないほうが良いですよ。そうじゃなくとも、これから轟文さんが来るっていうのに」

「ち、ちがう……ちがうんだってば……」

 もっと声を張って否定したいところだが、あまりに背中が痛くて、絞り出したようなか細い声しか出せない。これ、絶対に傷口が開いてる。

「そうは言っても、今回の現場はこれまでの手口と全く同一で、使われていた拳銃も銃弾も一致してます。貴方が一連の業務妨害を行った殺人鬼である可能性は、極めて高いんですよ。というより、ほぼ確定しています。上の人達は、犯行動機を明らかにして、然るべき制裁を与えるまでは生かしておくと言ってるみたいですし。ほら、正直に話しましょう?」

 同情たっぷりに、少女はつらつらと喋る。

 背中の傷はまだ脈打つように痛むけれど、なるほど、だいぶ状況は読めてきたぞ。

 つまり俺をこうして拘束している『宇田川社』ってのは、いわゆる裏社会に属する組織なのだろう。もっと言えば、殺人を生業にしてる連中の巣窟だ。『殺人』を『業務妨害』とし、『殺人鬼』を会社で拘束して尋問しているのだから、俺でなくとも推測が立つ。

 なにより、あの死体の山だ。

 あれこそが本来この組織で行うべき『業務』だったのに、俺がことごとく妨害していたと、ここの連中は考えているのだ。

 少女の言を信じるのであれば、すぐさま殺されはしないようだが、命を保障されたわけではない。かと言って、黙り込めば拷問にかけられるようだし……。

「わかった。正直に話すよ」

 果たして、俺は俺のわかっている範囲の事実を包み隠さず告白することにした。こんな状況で下手な嘘は死に直結する。それならば如何な相手だろうと、一旦は正直に現状を白状すべきだと思った。

「良い心掛けですね。ではどうぞ」

 椅子に座り直し、少女は続きを促した。

 ようやく背中の痛みも和らいできたので、俺も居住いを正して、口を開く。

「俺、どうも記憶喪失になってるみたいなんだよね」

「……」

「ここは誰? ワタシは何処?」

「もしもし轟文さんですか? はい、至急地下牢まで来てください。例の殺人鬼がすっとぼけたこと抜かしてます」

「ちょっと待てえええい!!」

 躊躇なく拷問担当に連絡を入れやがった、この少女!

「ちょっとふざけたのは悪かったけど、そこまですることはないだろ?!」

「連絡はしてません。まだ」

 むすっと頬を膨らまし、少女は耳に当てていたケータイの画面をこちらに見せる。待ち受け画面のままで、どうやら通話はしていないようだった。

「あれだけ脅されておきながら、言うにこと欠いて記憶喪失だなんて、一体誰が信じると思ったんですか?」

 さきほどまでの年相応に純朴な態度はどこへやら、今は侮蔑たっぷりに俺を見下す少女である。

「でも本当なんだから仕方ないだろ?! 俺は、あの路地裏で目を覚ます前の記憶が根こそぎないんだってばっ!」

「冗談はその悪趣味な茶髪だけにしてください」

「なっ、悪趣味ィ?! 茶髪を悪趣味って言ったか今っ!」

「死ぬほど悪趣味って言いました」

「悪化してる! ……ていうか、え、俺って茶髪なの?」

 ぐるりと周囲を見回すが、どこにも鏡は置いておらず、半信半疑に問う。すると少女は、吐き捨てるように、そうですよ、と答えた。

「常人のセンスであれば、まず選ばないような色味の茶髪です。そもそも、そんな明るい色にする人は総じてセンスなんてなさそうですけれど。日本人の顔つきに不似合いとは思わないんでしょうか」

「俺をディスるのは良いけど、茶髪そのものをディスるのはやめようか!」

 なんなんだ、茶髪の奴に親の仇でもとられたのか、この子は。

 俺は、どう説明したものか、と考えつつ、ぼりぼりと頭を掻く。

「とにかく、記憶喪失は本当なんだよ。信じて欲しい」

「そんなの、本人の自己申告次第でどうとでも言えます」

「そうだけどさぁ……」

 少女の言う通り、記憶喪失を証明する手立てはない。

 ここに俺を知る人間は存在しないのだから、尚のこと厄介だ。他に俺を知っている人間が居れば、まだ証明のしようがあるものを。

「手掛かりがあるとすれば」

 思い出したように、少女はぽつりと言う。

「貴方が四鬼しきである、ということくらいでしょうか」

「しき……?」

「四つの鬼と書いて四鬼です。知らないですか?」

 そう問われ、反射的に脳内検索をかける。

 ほとんどの情報が失われた脳内に検索をかけると、意外にも一件が該当した。

「それって確か、都市伝説じゃなかったっけ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る