【語り部:闔�豕瑚「�遨コ豌�」】(1)――「安心してください、すぐに殺したりはしません」

 次に目が覚めたとき、俺の身体は牢屋の中にあった。

 窓はなく、コンクリート打ちっぱなしの造りの小部屋。恐らくは地下にある牢屋なのだと推測を立てる。お情け程度に置かれた薄っぺらいベッドに横たえられていた身体は、どれほどの時間眠っていたのだろうか、いやに軋んだ。

 見れば、服も着替えさせられていた。あの血生臭いスーツではなく、黒色のスウェットになっている。あまつさえ、手の平には丁寧に絆創膏が貼られていた。治療まで施されているらしい。

 ここはどこだろう。

 まず思いつくのは、警察の拘留所。だが、背中を切られ倒れていた男を、こんなところにぶち込むだろうか。国家機関であれば、まずは警察病院へ輸送しているはずだ。

 そもそもの話、あの死体の山は現実だったのか?

 あんな現実離れした光景、夢であったほうがまだ信じられる。

 死体の山も、そして、大鎌の少女も。

「うっぐ……!」

 警戒しつつ身体を起こすと、背中に激痛が走った。身を縮めることも仰け反ることもできず、体勢を変えられないような状態で、あれは現実で起きたことだったのだと再認識させられる。背中の傷ひとつで証明されるのは釈然としないが、それなら一層のこと、どうしてここに居るのかが謎めいてくる。

 あのまま死んでいたっておかしくないのに、牢屋らしき場所ではあるが身柄を確保され、治療まで施されている意味ってなんだ?

「――目が覚めたんですね。おはようございます」

 と。

 無機質な牢屋に、抑揚のない声が響く。

 それは、意識が途切れる直前にも聞いた声だった。

「そうは言っても、もう夕方なんですけど」

「き、君は……!」

 果たして、牢屋の外側に立っていたのは、あの大鎌少女だった。

 とはいえ、今はその手に例の大鎌はない。

 その代わり、学生鞄を肩にかけている。

 加えて、濃紺のブレザーに臙脂色のリボン、赤を基調としたチェックのプリーツスカート姿とくれば、高校生と見て間違いないだろう。女子高生らしく膝上に改造されたスカートからは、鍛えている割にすらりとしている生足が、惜しげもなく晒されている。こうして見るぶんにはどこにでもいる可愛らしい女子高生で、あんな物騒な大鎌で切りかかって来たとは到底思えない。

 そんな少女の姿に、なんだかムカムカした。

 ……うん? ムラムラじゃなくって?

「さっき呻き声が聞こえましたけど、背中の傷、痛みますか? それとも麻酔銃のほう?」

 こてんと首を傾げ、俺の容体を窺う少女。

 初対面はほとんど真っ暗闇だったからわからなかったけれど、随分と整った顔立ちをした女の子だ。眠そうな顔をしているが、いつもであればガラス玉みたいに美しい瞳いっぱいに、この世界を映しているに違いない。気を抜けば吸い込まれそうなほどに深い、漆黒の瞳だ。

「あんまり痛むようなら、ドクターを呼びますけど……?」

 言葉を紡ぐその口元は、全体的にまだ幼い顔立ちとは正反対に妖艶なそれで。まるで水気を含んだ彼岸花だ。生と死を同時に見るような、そんな唇である。

 心配そうに少し屈む姿勢を取ると、その胸元まである黒髪がさらりと揺れ、同時に華やかなシャンプーの匂いが微かに香った。

「もしかして、なにも覚えてない……?」

「あ、いや、覚えてるよ。超覚えてる」

 今にも泣きそうな声でそんなことを言われたら、反射でそう答えてしまうというものだ。

「君、あの大鎌を持ってた子だよね?」

 取ってつけた言葉ではない証明に大鎌を引き合いに出すと、少女は控えめに頷いた。そのときの少女の口角がほんのり上がったように見え、それが彼女なりに精一杯の笑顔を浮かべたのだと気づくのには、非常に残念なことに数瞬もかかってしまった。こうしていれば、年相応の純朴な少女そのものである。

「……その、ええと、さっきは……あああり……ありが……」

「うん?」

 蟻の話でもしたいのだろうか。脈絡もなにもあったもんじゃないが、女子高生ならそんなものなのかもしれない。その桃みたいに瑞々しい頬を林檎のように真っ赤に染める理由は、さっぱり見当がつかないけど。

「や、やっぱりなんでもない! それより、これから尋問を始めますっ!」

 そうして勝手に自己完結させたかと思えば、少女はやたらに物騒な単語を吐き出したではないか。

「じ、尋問?」

 俺が怪訝そうな顔を浮かべている間にも、少女はその尋問を始めるべく動き出していた。肩にかけていた学生鞄を足元に置き、どこからか持ってきたパイプ椅子を鉄格子の前に設置して、自身が腰かける。

「そう、尋問です」

 おうむ返しの俺の疑問に、今度は力強く頷く少女。表情はすっかり元通りの、少し眠たげな美少女のそれである。

「貴方は今、宇田川社への業務妨害を行った犯人として、ここに拘束されているんです」

「……」

「安心してください、すぐに殺したりはしません。犯行に及んだ理由等々、事実関係が判明するまでは、ですけど」

 少女としては事態を簡潔に述べたつもりなのだろうが、身に覚えのない俺としては、頭上に浮かぶ疑問符が増えるだけとなった。

 あの陰惨な状況と『殺人鬼』という単語が、どうしたら『業務妨害』に結びつくのか。

「一応の権利として黙秘することもできますけど、その場合は我が社ナンバーワンの拷問マニア、『大の大人も泣かして吐かす』で有名な轟文ごうもんさんが出てくることになるので、あんまりおすすめはしません。最近のブームは麻酔なしで歯を一本ずつ丁寧に抜くことって言ってたから、総入れ歯の覚悟があるなら話は別ですが」

「ええ……?」

 不穏な単語が出過ぎて、ついていけない。がしかし、下手に逆らってはいけないことだけは本能が理解していた。

「これから質問していきますので、正直に答えてくださいね。嘘を言っても轟文さんコースなので、そこのところよろしく」

「……わかった」

 逆に返せば、正直に話せば拷問にはかけられないのだ。正直に俺の知っていることを答えれば良いだけの話である。

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