第二〇話 救ったり救われたり


《邪神》の肉片が変身するといった展開なんて、原作にはなかった。

 きっとそれは《邪神》の幻影を討伐したことによる弊害だったのだろう。


 巨大な闇色の狼となった敵方が、咆吼を響かせると同時に。

 気付けば、俺達の体はバラバラになっていた。


「く、うっ」


 エクレールが苦悶を漏らす。

 彼女も俺やサーシャ、そしてアリアと同様に……

 上半身と下半身とが、真っ二つに両断されている。


「機能、復旧、不可……!」


 敵方は咆吼と共に、真空波を発生させたのだろう。

 これは魔法によって発生した、物理的な自然現象だ。

 ゆえに魔導の全てを無力化するサーシャすらも、両断されてしまった。


「く、そ……!」


 意識が遠のく。

 終わった。

 俺の、第二の人生は、ここまで――


「死なせて、たまるかぁッ!」


 ――諦観が心に満ちた、そのとき。

 アリアの絶叫が耳朶を叩く。


「こんなところで! ワシ等が終わるわけ! ないじゃがいッ!」


 刹那。

 遠のいていた意識が急速に、平時のそれへと戻る。


 ……回復、したのだ。


 死が確定するほどの致命傷を。

 覚醒した、アリアが、一瞬にして。


「ほれ! 立たんか、馬鹿弟子共ッ!」


 言われるがままに、俺達は自らの足で地面を踏みしめ、


「第二ラウンドと、行こうぜ……!」


「うん」


「データは取れマシた……! もはや、遅れは取りまセン……!」


 気概を見せる俺達に、アリアは二カッと笑って、


「思い切りやれい! 死んでもワシが治してやるわ!」


 彼女の言葉は冗談でもなければ、大言壮語でもなかった。


 これもまた、原作にはない展開……だが。

 それはあくまでも、今回の一件、第三巻目の内容においてはの話。


 遙か先の巻において、アリアは覚醒展開を迎え、自らの治癒能力をパワーアップさせていた。


 その力を以てすれば、


「ぐっ……!」


 相手方の真空波によって、今度は首を両断されたのだが。

 即死と同時に。


「死なせるかっつ~のッ!」


 アリアが、治してくれる。


 今の彼女は、死後三日以内なら、死者すらも回復出来るのだ。


 その絶大な治癒能力は、エクレールとの相性が抜群に良く……


「るぅあああああああああああああああッッ!」


 気合と共に、彼女は風の刃へと突撃し、細切れに切断……

 された傍から、アリアによって回復。


 次の瞬間には、即死級のダメージがそのまま、エクレールのスキル、《損傷変換》の効力で以て、絶大な強化効果へと変換され、


「このぉおおおおおおおおおおおおおッッ!」


 感情剥き出しで肉迫し、巨大な狼の顔面を思い切り殴りつける。


「グギャッ!」


 小さな悲鳴を漏らす《邪神》の肉片。

 その頭上にて。


「出力全開ッ……! マキシマム・バーストッ!」


 巨大な砲身となったサーシャの両腕から、煌めく熱線が放たれた。

 これも見事に直撃し、敵方の胴を貫く。


「ギィッ!」


 胴体に風穴を空けられたことで、大きく怯む《邪神》の肉片。


 後は、仕上げに入るだけだ。


 敵方の体内には、存在を構成する核があり、それを破壊することによってこの勝負は決着となる。


 核は現在、今し方のサーシャによる一撃によって、剥き出しとなっていて。


 当然ながら。

 敵方はそれを、庇うように意識するだろう。

 誰も接近させまいと、そのように動くだろう。


 しかし。


「もう、遅ぇんだよなぁ……!」


 アリアとの修行によって、限界を超えた、俺の固有スキル。

 その名は……《存在消滅》。


 名称通り、特定の存在を世界から切り離して、存在しない状態にする力……だが。

 それはあくまでも、現段階における、俺の限界値に過ぎない。


 父や兄などは、名前通り、どんな相手も消すことが出来る。

 そう、彼等ほど極まった支配力を持ったなら、いかなる対象も目視確認した瞬間、死に至るのだ。


 そんなチートスキルだが、今の俺では自分の存在を消して、不意打ちをするのが精一杯。


 とはいえ。

 今回は、それで十分だった。


「らぁッ!」


 敵方の腹下に潜り込んでいた俺は、スキルを解除し、世界へ顕現すると……

 手にしていた剣で以て、真上にある核を貫く。


 ……アルベルトってのはコンプレックスの塊だが、しかし、スキルを鍛えて強くなろうって発想がなかった。


 そんな彼は強力な装備品で身を固めることで、自分を強く見せようと考えたのだ。


 俺が振るった剣は、アルベルトがとある有名職人に頼み込んで打ってもらった、特注品。


 その切れ味は凄まじく……

《邪神》の核すらも、溶けかけのバターみたいに、易々と貫通して見せた。


「ギ、ガ……」


 おい。

 今度こそ、普通にくたばってくれよ?


 ……そんな祈りが通じたのか。


 敵方の体がボロボロと崩壊し、そして。

 跡形もなく、消え失せた。


「ふぅ……なんとか、なった、な……」


 いまさらながら、実感が湧いてくる。

 俺達は……いや。

 アリアは、奇跡を起こしたのだと。


「さすがだよ、師匠。この土壇場で、覚醒してみせるんだから」


「ほっほ! と~ぜんじゃろがい! ワシゃ女神ぞ!」


「師匠。すごい」


「もっと褒めい!」


「最高デス、師匠」


「おっほっほっほっほぉ~う!」


 ブリッジ寸前レベルまで胸を反らせて、得意満面に笑う。

 そんなコメディーチックな様子を見せていたかと、思えば。

 次の瞬間。

 彼女は不意に、真剣な面持ちとなって。


「……ワシはこれで、自由の身ってわけじゃのう」


「あぁ。師匠はもう、どこにでも行ける。ここに拘束されることは、ない」


 彼女の孤独は、それで完全に解消されたわけじゃないんだろうけど。

 でも。

 今のアリアは、人の世に溶け込んで生きることが、出来る。

 それはきっと、今までの獄中めいた生活に比べれば、ずっとマシなものだろう。


「……のう、馬鹿弟子共よ」


 アリアはどこへだって行ける。

 誰とだって、関係を持てる。

 そんな彼女が自由を手にしてなお、選択したのは。


「おぬしらの面倒を、もうちっとばかし見てやっても……いいんじゃがのう?」


 馬鹿正直だった頃のアリアは、いったいどこへやら。

 歳を重ねたことで、ストレートな言い方が出来なくなったらしい。


 けれど、そんな師匠を愛らしく想いながら。


 俺は。

 俺達は。


「「「今後とも、よろしくお願いします、師匠」」」


 皆一様に。

 涙を流して喜ぶアリアに向かって。

 


 ――笑顔を浮かべながら、頭を下げたのだった。






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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