閑話 強く願え。さすれば――


「あぁ、そうか」


 目前の光景を見つめながら。

 アリアは己が現状を把握した。


「ワシゃあ、死ぬ一歩手前におるのじゃな」


 漆黒の空間。

 その只中にて。


 無数の鏡面が、虚空に浮かび上がっている。


 それらは世に聞く、走馬燈というやつか。

 自らの半生を映すそれらを目にしながら、アリアは苦笑した。


「なんともまぁ、しょっぱい人生じゃのう」


 こうして客観的に見てみると、自分という存在がいかに阿呆だったのかがよくわかる。


「お人好しの愚か者。それ以上でも以下でもない。そうであるがゆえに……引くのは常々、貧乏クジばっかじゃ」


 幼少期の自分を見つめながら、アリアは微笑する。

 無能で愚鈍な少女。

 優しさだけが取り柄で、だからこそ、廃棄された。

 けれども。


「不思議じゃのう。未だに、村の連中を恨む気になれん」


 それは彼女の善性によるもの、だけでなく。

 彼等がそうしたことによって、アリアは。


「……母に会えたのは、村の連中のおかげ、じゃな」


 女神との日々を見つめながら、過去を懐かしむ。

 長い年月を生きたが、このときがもっとも幸せだった。

 過去に戻れるのならと、そう思ってしまうほどに。


「……母よ、ワシは」


 何事かを呟く、その最中。

 母の末期が鏡面に映り込む。

 彼女は無数の粒子となって、アリアの内側へ入り込み――



「言うたじゃろ。これは別離ではない、と」



 瞬間。

 アリアは目を見開いた。


 耳に届いた声は、自らのそれでは、ない。


 弾かれたように背後を向く。

 と、そこには。


「……お母、さん」


 女神は今、このとき。

 少女へと、戻った。


「な、なん、で……?」


「さっきの台詞の後、儂ゃあこう言ったじゃろ? 儂はおぬしの中におると」


「いや、それは……定番のやつだと、思うじゃん……」


「たわけ。儂ゃ女神じゃぞ。人の尺度で測るでないわ」


 呆れた調子で鼻を鳴らす。

 そんな姿は、かつて見た母の様子、そのもので。


 無意識のうちに、アリアは駆けていた。


 瞳を涙で潤ませながら。

 唇を震わせ。

 そして。


「お母さんっ……!」


 愛しの母へと、飛び付く……直前。


「あらよっと」


「ほげぇっ!?」


 思い切り、受け流された。

 ずしゃあっと地面を擦過するアリア。

 そうして彼女は自らの顔面を抑えつつ、


「な、なんで避けるのっ!?」


 瞳を濡らす涙が、別種のものへ変わる。

 そんな娘へ、女神は肩を竦めながら、


「抱き留めてしもうたら、正しい判断が出来なくなるじゃろうが」


 そう口にした後。

 女神は鏡面を指差す。

 果たして、そこに映っていたのは。


「娘よ。おぬしは弟子の面倒を放棄するような、無責任な女神なのかや?」


 新たに取った、三人の弟子。

 アルベルト。エクレール。サーシャ。

 彼女等と過ごした日々が、鏡面に映し出されている。


「娘よ。おぬしには、彼奴等を救う義務がある。そうじゃろう?」


「で、でも」


 そんなことが、出来るわけがない。

 と、そのような弱音がアリアの口から漏れる、直前。


「――強く願え。さすれば叶う」


 女神が。

 母が。

 そう断言した瞬間。

 不思議と、力が湧き上がってきた。


「……やっぱり、すごいなぁ、お母さんは」


「ほっほ。と~ぜんじゃろ。儂ゃ女神じゃぞ」


 笑い合い、そして――


 少女は。

 娘は。

 アリアは。


 強く強く、願った。


 愚かな弟子達を。

 愛おしい、弟子達を。


「救いたいッ……!」


 瞬間。

 彼女の全身が煌めくと同時に。


 漆黒の空間が、崩壊し始めた。


 きっと一〇秒もしないうちに、自分は向こう側へ戻るのだろう。

 そうなったなら。


「安心せい、娘よ」


 崩れゆく世界の只中で。

 母は、優しげに微笑んだ。


「儂ゃあ、ここにおる。おぬしの中に、ずっと居続ける」


 だから、と前置いて。

 彼女は指を差した。

 崩れていく世界に生じた、一筋の光を。

 そして、母は言う。


「もう少しばかり、現世を楽しんでこい。そうして十分に生き抜いたのなら、そのときは――」


 ここでまた、もう一度。

 そんな言葉が、薄れゆく意識の中に流れ込んだ、次の瞬間には。



「……しばしの別れじゃの、母よ」



 娘は。

 少女は。

 再び――いや。


 より、完璧な形で。



 ――皆を救済する女神へと、変身を遂げるのだった。






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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