第一七話 修行編って嫌われがちだよね


 アリアのしごきは原作と同様、とんでもなくキツいものだった。


「走れ走れいっ! 死ぬ寸前まで走れいっ!」


 明朝。

 険しい山道を、全力疾走する。


 始まってから三〇分ほどで体力が限界を迎え、高山病まで発症。

 ガチで死ぬレベルの苦痛を味わうが、


「なんじゃアルベルト! もうへばったか! であればおぬしは破門――」


「まだまだッ! 元気いっぱいだぜッッ!」


 へこたれてたまるか。

 負けてたまるか。

 ここで挫けたなら、全てが水の泡になってしまう。

 俺は必死こいて明朝の修行をやりきり――


「飯にするぞ! 丼三杯! 食えなければその時点で破門じゃ!」


 食事という名の地獄へと、突入する。


「強き力は強き体に宿るもんじゃ! そして飯を食らうは体作りの基本! ゆえにお残しはいっさい許さぬっ!」


 アリア曰く、霊山で採れる食材は総じて、強き体を作るのに最適なものだという。

 だが、そうは言っても。


「ぅえっ……!」


「アル、だいじょうぶ?」


「現在の体調で食事を行うのハ、生理的に不可能カト」


 サーシャの言う通りだ。

 高山病で弱り切った肉体が、飯を拒絶する。

 だが、それでも。


「う、ぐっ……!」


 込み上げてくる物を必死に飲み込んで。

 用意された食事を、掻き込む。


「ごちそう、さま……! 美味、かったぜ、アリア……!」


「……ふん。なかなか、見上げた根性じゃの」


 気に入らない、と。そんな表情だが……こちらを慮ってのことだとわかっているので、癪に障るようなことはない。


 実際のところ。

 アリアの考え通り、ここから離れないと、俺達は命の危険に晒されてしまうからな。


「昼になるまでは、ひたすら実戦じゃ! ちょうどここには四人おるしの! 二人一組でガンガンやるぞ!」


 エクレールとサーシャ。

 俺とアリア。

 それが終わったら組み合わせを変えて、もう一度。


 当たり前のことだけど、実戦をやれば大なり小なり怪我をする。


 しかしそれは、アリアの力によってたちどころに治癒した。


 彼女は主人公パーティーの頭脳役であると同時に、最強のヒーラーでもある。


 現在、ウチには最高レベルのアタッカーとタンクが存在するわけだが、皆のダメージを回復するヒーラーが存在しない。


 ここにアリアが加われば、我がパーティーは盤石なものとなる。

 何せ彼女の治癒能力は、


「っ……! オートマータのワタシすら、再生出来るトハ」


「ふっふん! あったり前じゃろ! ワシゃ女神じゃぞ!」


 無機物だろうが有機物だろうが関係なく。

 アリアは対象の状態を、元通りに出来る。

 まさに規格外のヒーラー力であった。


「よし! 昼飯じゃ! 死ぬ気で食らえっ!」


 とまぁ、こんな感じで。

 地獄の中の地獄といった一日が、過ぎていく。


 そして……

 日中の課程を経て、夜半。


 スケジュールの完了と同時に、俺はアリアが住処とする小屋の中で、ブッ倒れた。


 よほど眠りが深かったのだろう。

 夢など見ることなく、ゆえに体感としては、一瞬にして朝を迎え、


「起きろ起きろっ! 一〇秒以内に起きねば破門じゃっ!」


 鍋をお玉でガンガン鳴らして、耳元で叫ぶアリア。


 キツい。

 マジで、キツい。


 だが、俺は悲鳴を上げる体にムチ打って、なんとか起き上がると、


「今日も一日、よろしく頼むよ、師匠」


「っ……! ふ、ふん! あと何日もつか、見物じゃの!」


 師匠という呼び方が、いたく気に入ったらしい。

 悪態を吐きながらも、その頬は嬉しそうに緩んでいた。



 ――それから。



 二日、三日、四日と、時が流れていく。

 最初は生き地獄だった修行も、次第に慣れが生じ始め――


 一月を迎えた頃には。


「あ~! いい朝だなぁ~!」


「走るの、気分、いい」


「ワタシもどこか、力が漲るような感覚がありマス」


 エクレールやサーシャと並んで、息を切らせることなく、朝の走り込みを終えられるようになった。


 となれば必然。


「今日もアリアの飯が美味いッ!」


「ふ、ふん! 当然じゃろ! ワシが腕によりをかけておるのじゃからな!」


 苦しかった食事も、今では楽しい一時となっている。


「なぁ、師匠」


「なんじゃ馬鹿弟子」


 定着した呼び方で互いを認識し合ってから、俺は次の言葉を紡ぐ。


「これまでは修行についてくのがやっとで、本当に高めたい能力については、なおざりだったんだよな。でも、一日のスケジュールに慣れてきた今なら」


「ふん。多少なりとて、考える余裕が出来た、か」


「うん。だからさ、今後は――」


 高めたい能力について、話してみると。


「ふぅ~む。まぁ、そうじゃな。やってやれんことはないと思うが……こればかりは天性に依存するものじゃ。なんの効力も得られぬやもしれぬぞ?」


「けどさ、やらないよりかは、ずっとマシってもんだろ?」


 原作にて、アルベルトが人格を歪めた原因。

 それは……我が身に宿った、固有スキルである。


 額面通りに受け取れば、チートとしか言いようのない力。

 しかし、アルベルトにはそれを支配する能力が欠けていた。


 ゆえに。


『お前に可能性は、ない』


 父に見限られたことで、アルベルトは家を出た。

 冒険者となり、活躍することで、自らのプライドを回復させ……


 父を、見返すために。


 ……だが。

 俺にはそんな感情など、微塵もない。


 そうだからこそ。

 アルベルトにとってのコンプレックスそのものであり、なかったことにしていた概念。

 自らの固有スキルと向き合い、鍛え上げることに対して、なんの躊躇いもない。


「才なき者が一端になるためには、それなりの危険を冒す必要がある。……覚悟はよいな?」


「あぁ。いつもみたいに……いや、いつも以上に、しごいてくれよ、師匠」


「ふんっ! その根性だけは、素直に認めてやるわいっ!」


 そして。

 また一月が、経過した頃。

 俺達とアリアの距離は、確実に縮まりつつあった。


「のう、馬鹿弟子。今宵は傍で寝ても、よいかの?」


「あぁ。もちろんだよ、師匠」


 自らを受け入れるこちらの態度に、彼女は頬を緩ませるようになった。


「ど、どうじゃ。美味いか」


「うん。最高だよ、師匠」


「そ、そうかそうか! 味付けを変えてみたのじゃが、正解だったようじゃな!」


 自らを肯定してくれるこちらの存在に、彼女は喜びを見せるようになった。


 しかし、そうだからこそ。

 きっとアリアは毎日のように、心の中で、涙を流しているのだろう。

 離れねばならない相手と、親しくなってしまったがゆえに。


 ……そんな彼女の苦痛を、取り払うためにも。


 ある日の朝。

 食事を摂りつつ、俺はアリアへ問うた。


「なぁ師匠。俺達もさ、ずいぶんと強くなったよな?」


「ふん。調子づくでないわ。……まぁ、ここに来た当初と比べれば、その力は何倍にも高まってはおるが、の」


 この答えに頷いてから。

 俺はエクレールとサーシャへ、問い尋ねる。


「二人はどうだ? 強くなったって自覚はあるか?」


「うん。もう、誰が相手でも、負けない」


「右に同じク。学習プログラムと自立進化機能により、ワタシのスペックは大きな向上を見せていマス」


 彼女等の答えに俺は頷きを返し……

 改めて、アリアへと向き直ると。


「あのさ、師匠」


「なんじゃ、馬鹿弟子」


 ここで、ようやく。

 俺は、シナリオを先へ進めるための言葉を、放った。



「――――師匠の体は、?」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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