閑話 生け贄になった少
遙か昔。
ただの少女だった頃の彼女は、信じ難いほどに愚鈍であった。
されど、同時に。
「ほら! あたしの分、あげる!」
「えっ、いいの? お姉ちゃん」
「うん! あたし、もうお腹いっぱいだから!」
少女は誰よりも優しく、それゆえに、誰からも愛されていた。
「シスター! 掃除ならあたしがやるよ! 腰、痛いんでしょ!?」
「あら、すまないねぇ。いつも面倒を押し付けちゃって」
「あはははは! 気にしないでよ! あたし、皆の役に立ちたいから!」
少女は、孤児だった。
誰よりも優しい、孤児だった。
しかし同時に。
誰よりも愚鈍で、なんの存在価値もない、孤児だった。
それゆえに彼女は。
村の因習によって、その命を散らせることとなる。
「ごめんね……! 庇いきれなくて……!」
少女の故郷には数十年に一度、山に棲まう女神へと生け贄を捧げるといった、習わしがあった。
これを破れば酷い祟りに遭うと、誰もが信じて疑わない。
そして、生け贄に選ばれるのは、常に――
村で一番、必要のない子供。
そのように定義されてもなお、少女は。
「大丈夫だよ、シスター! あたしの命が、皆の役に立てるんだもの!」
泣かなかった。
いつものように、太陽のような笑顔を浮かべて、皆のもとを去った。
そうして山道を行きながら。
初めて、涙を流した。
少女は愚かだが、無感情というわけではない。
不要な存在というレッテルを貼られたなら、皆と同じように、悲しくもなる。
このまま自分は山頂に棲まうとされる女神に、命を捧げるのだろうか。
そう思うと途端に、怖くなったが。
「……逃げちゃったら、皆が、困るんだよね」
少女は、誰よりも愚かで。
誰よりも、優しかった。
結局、彼女は目を泣き腫らしながら登頂し――
「あ、あなたが、女神、様?」
「左様じゃが……ふむ、おぬし登山客ではないな?」
「は、はい。生け贄、です」
少女の答えに女神は盛大な溜息を吐いた。
「まぁ~~~~た寄越してきたんかい、村のアホ共め! 育てるこっちの身にもなれっちゅうの!」
女神曰く、生け贄を要求したことなど一度もないとのこと。
そして。
これまで生け贄にされた子供達は皆、女神の手によって育てられ、巣立っていったという。
「ほれ。なにつっ立っとるんじゃ。そろそろ晩飯どきじゃろが。はよ小屋に入らんかい」
「あ、あたしのこと、食べるん、ですか?」
「人の子なんぞ食ってたまるか、たわけ。腹が減っとるんじゃろ? 飯の用意は出来とるから、さっさと来い」
美貌をむっつりさせて、ぷりぷりと怒る女神。
かくして。
少女は母と慕う相手を、得た。
「本日から魔法の修練を行うぞ」
「えっ? ま、魔法、ですか?」
「うむ。人の世においては未だに役立つもんじゃろ?」
「で、でも。あたしなんかが魔法なんて」
自らを卑下する少女の頭を優しく撫でながら。
女神は言い聞かせるように、言葉を紡いだ。
「強く願え。さすれば叶う」
不思議と、その言葉には説得力が感じられて。
「は、はいっ! 出来るかどうかわかんないけど、やってみます!」
「ほほっ。その意気じゃ」
いずれは、少女も山を去る身。
その際にしっかりと一人立ちが出来るよう、女神は彼女へ様々な技術を叩き込んでいった。
「こりゃ! 教えた通りにやらんかい!」
「う、うう。む、難しいですよ、女神様」
「甘ったれるでないわ!」
女神は時に厳しく、
「どうじゃ、美味いか」
「はいっ!」
「ふふ。ほれ、たんと食え」
時に優しく、
「ひょええええええええええっ!」
「ど、どうされましたっ!?」
「蜘蛛ぉおおおおおおおお! 蜘蛛が居るうううううううううう!」
時に、頼りなかった。
そんな女神のことを、少女は心から愛するようになり……
そうだからこそ。
「あたし、女神様のもとに居ます。ここから離れたくありません」
「……ふん。頑固者が」
この瞬間。
二人は。
「いま、このときを以て……おぬしは儂の娘じゃ。よいな?」
「っ……! は、はい! お母さん!」
「たわけ。母に敬語を使う娘がどこにおる」
「う、うん! 改めて……よろしくね! お母さん!」
女神と生け贄。そんな関係を捨て去り……
二人は、親子になった。
「あ~、そこそこぉ~、気持ちえぇ~」
「女神でも肩って凝るんだねぇ」
心穏やかな、日常。
永遠に続いてほしい、幸福。
その最中。
「ふぅむ。おぬしの才覚は、儂の予想を上回るものであったか」
少女は修練の果てに人の域を逸脱し、不老の存在へと至った。
母を、置いてけぼりに、しないために。
そして女神と少女は時たまやってくる登山客や、生け贄にされた者達の面倒を見て過ごし――
とうとう、そのときが、やってくる。
「お、お母さんっ……!」
「……泣くな、娘よ」
二人の幸せは。
あまりにも唐突に。
――終わりを、迎えた。
~~~~あとがき~~~~
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