第一五話 間に合ってくれよ
サーシャの戦力は絶大である。
物理的な現象以外の全てを無効化し、一方的な攻防を展開出来る彼女の存在は、原作においても主人公以上のチートとして扱われていた。
そんなサーシャは我がパーティーに必須の存在、ではあるのだけど。
原作シナリオを破壊し、最善の結末を迎えた彼女へ、野暮なことは言いたくない。
俺はエクレールを連れて、クールに去ろうと――
「待って、くだサイ」
背後からサーシャの声が飛んでくる。
「ワタシも……貴方達の旅に、同行させてくれまセンか?」
この言葉に俺は目を見開いた。
「……いいのか? 主人の傍を、離れることになるんだぞ?」
「はい。ワタシにも……目標が、出来まシタから」
ここでサーシャはコーネリアに向き合って。
「マスター……今の貴女はきっと、覚えておられないと、思いマスが」
サーシャは瞳を切なげに細めながら、次の言葉を口にした。
「貴女をお支えするタメに、心が欲しイ。その言葉を完遂するにハ……まだまだ、ワタシは心というものを、理解出来ていまセン」
これを受けて、コーネリアは神妙な面持ちとなりながら、
「彼等と同行すれば、わかるかもしれないって、こと?」
「……はい」
「そっか。だったら」
果たして彼女は、どこまで思い出しているのだろうか。
その程度はわからない。
だが、確実に言えることが一つある。
今のコーネリアは原作の彼女ではなく。
かつて、サーシャを愛した主人と、思考を似通わせた存在になっていた。
それゆえに。
「行ってきなよ、サーシャ。もっともっと人間らしくなって……今度こそ、幸せになろう。私と、一緒に」
「っ……! はい、マスター!」
かくして。
我がパーティーに、最強の古代兵器が加わったのだった。
その後。
サーシャの冒険者登録を済ませてから、我々は次なる目的地へと移動。
その地名は、イルウェスカ。
国内においても辺鄙な場所に位置する、巨大な霊山である。
「はぁ……はぁ……! し、しんどい……!」
道中はエクレールやサーシャの存在もあって、危険性など皆無ではあるのだけど……
険しい山道は確実に、こちらの体力を削り続けていた。
「そろそろ、頂上付近、だよ」
「頑張りなサイ、アルヴァート」
「あ、あぁ……!」
オートマータであるサーシャは当然のこと、エクレールもけろっとした顔をしている。
さすが原作ヒロイン。
特別感が半端ない。
無論、俺もまた一年間、主人公であるカイルとの旅路を続けてきたわけで。
それなりに鍛えられてはいる、はずなんだけど。
そうはいってもこの霊山、標高が桁外れに高く、目的とする人物が住んでいるのは頂上ときた。
「やばい……! は、吐きそう……!」
高山病一歩手前って感じだ。
もう帰りたい。
そんな弱音が胸中に芽生え始めるが……
しかし、屈するわけにはいかない。
この先には、救うべき新たなヒロインが居る……かもしれないのだから。
「ぜぇ~……はぁ~……頼む、から……間に合ってて、くれよ……」
目的の人物とは、第三巻目のヒロインである。
彼女が置かれた状況は、かつて俺とカイルとで打倒した《邪神》の幻影が大きく関わっており……
そのことがしっかりと影響を及ぼしているのなら。
きっと、時間切れにはなってないはずだ。
だがもし、幻影を討伐してなお、ある存在の力が弱まっていなかった場合。
彼女は既に、命を落としているだろう。
「……この一年、放置したツケが、どんな形で精算、されるやら」
脂汗を流しつつ、登山を続行した果てに。
「ウォオオオオオオオオオオオオッ!」
天空から、一体の魔物が、降臨する。
闇色のモヤに覆われた巨人。
あるいは、漆黒の雪男。
そんな外見をした魔物は、次の瞬間。
「立ぁぁぁぁちぃぃぃぃ去ぁぁぁぁれぇぇぇぇぇい」
明確な人語を、口にする。
「ここより先はぁぁぁぁ、立ち入ることぉぉぉぉ、まかりならぁぁぁぁぁん」
恐ろしい重低音。
きっと我々以外の人間であれば、一目散に逃げているところだろう。
しかし。
「……ん」
「システム、戦闘モードへ移行しマス」
エクレールやサーシャを退けるには、まだまだ圧力が足りてない。
そしてそれは、こちらとて同じこと。
「て、抵抗ぉぉぉ、する気、かぁぁぁぁぁぁ?」
二人の前へと歩を進めたこちらへ、魔物は……
いや。
彼女は、うろたえたような声を放った。
「やぁぁぁめぇぇぇてぇぇぇおぉぉぉぉぉけぇぇぇぇぇ。ワシは――」
「いきなりで、不躾かもしれないけど、さ」
体調不良に耐えつつ、俺は笑顔を作った。
そうして。
目前に立つ、彼女へ。
魔物に化けた、新たなヒロインへ。
次の言葉を、放つ。
「――――俺達を、弟子にしてくれないか?」
~~~~あとがき~~~~
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