第一四話 原作にはない、ハッピーエンド


 迷宮の外に出て早々、サーシャはポツリと一言。


「……長い年月が、経過したのデスね」


 周囲に広がる森林の様相が、彼女の心にどのような感慨をもたらしたのか。

 それは、わからない。

 きっとサーシャ自身、表現出来ないような情であろう。


 俺はそんな彼女の心を想いつつ……

 視線を横へズラした。


 視界一面に広がる緑。

 その一部を構成する、木々の裏側へ。


 次の瞬間、言葉を放つ。


「居るんだろ? 出てこいよ」


 果たして、相手方はこちらの要求に対し、



「ははっ! 君ってば、予想以上に鋭いんだねぇ!」



 特に動揺したふうもなく、あっさりと姿を現した、一人の女性。

 それは間違いなく……

 コーネリア・ヴィンゲル、その人であった。


 原作においても、彼女は樹木の裏に隠れていたわけだが。

 その時点ではカイル達と接触することなく、意味深に笑うといった場面だけが描かれていた。


 まぁ、わかりやすい伏線だわな。


「……君さ、どこまで気付いてんの?」


「全部だよ、全部。あんたの目的やらヴィクターを雇った理由やら、何もかも把握済みだ」


 コーネリアの行動原理は、アーティファクトへの執着。

 ヴィクターを雇った理由は、経費削減。


 目星を付けた冒険者に目玉が飛び出るような報酬を提示し、古代迷宮を探索させる。


 結果、アーティファクトが見つからなくても、コーネリアの懐は痛まない。

 もし見つかったのであれば、ヴィクターに強奪させ、奴に報酬を支払う。

 当然、冒険者達に提示したモノよりも、遙かに安い金額を、だ。


「いやはや。君はこちらの想定を超えまくってるねぇ~」


 言いつつ、サーシャを一瞥するコーネリア。

 刹那、眼鏡の奥にある彼女の瞳が、強い煌めきを放った。


「その子を渡せば、命だけは見逃してあげる」


 原作通りの挑発的な文言。

 しかし彼女がそれを口にするのは、本来、もっと先の話だった。


 原作にて、カイルは当然のこと、コーネリアの言葉を拒絶。

 交戦状態に入り、第一戦目を退ける。

 その後、二度の戦いを経て、コーネリアは自業自得な結末を迎える、と――


 そんな展開をなぞらえるつもりは、ない。


 俺は脳裏にある情報を浮かべつつ、コーネリアへと問うた。


「なぁ、あんたさ、どうしてそうもアーティファクトに固執するんだ?」


 原作では一切、深掘りされなかった要素。

 コーネリアは読者のヘイトを集めさせ、やっつけたときのカタルシスを味わわせるためだけに生まれた、しょうもない悪役である……


 というのは、原作の二巻を読み終えた時点での感想。

 ファンブックにて明かされた設定により、俺は彼女の見方が大きく変わった。


 ゆえに今。

 問いを、積み重ねていく。


「研究意欲ってだけじゃ、説明がつかねぇよな? ヴィクターに渡してた報酬は、冒険者達に提示してた額に比べりゃ遙かに安いが、それでも、あんたの懐は確実に痛んでいたはずだ。違うか?」


「……いいや。君の言う通りさ。正直、彼に仕事を頼めるのは、あと二、三回が限度ってところだった」


 怪訝となりながらも、コーネリアはこちらの問いに受け答えた。


「アーティファクトに固執する理由、だけど……自分でもよくわからないんだよねぇ。生まれ持った研究者としてのサガで片付けるには、確かに不合理が過ぎる」


 やはりコーネリア自身、そこに対する答えは持っていなかったらしい。


 ……これはマジで、ひょっとするかもな。


 期待を胸に抱きながら、俺は次の言葉を投げた。


「あんたさ……コイツのことを見て、どう思った?」


 身を横に移し、サーシャへ視線が集中するように、誘導する。

 相手方は怪訝を深めつつも、こちらの思惑通り、サーシャを見つめながら、


「……不思議な気分だよ。欲しいという気持ち以上に、なんといえばいいのか……言葉に出来ないような感覚が、胸の内に芽生えてくる」


 この返答を受けて。

 俺は次に、サーシャへ問うた。


「お前はどうだ? 何か、感じるようなものは、ないか?」


「…………」


 返答はない。

 当惑したような、そんな表情で、コーネリアと見つめ合っている。


 その横に立つエクレールは蚊帳の外って感じだが……今回は大目に見てもらおう。


 ともあれ。

 確信を深めながら、俺はコーネリアに向かって言葉を紡ぐ。


「コイツの名前は……サーシャだ」


 原作においても、当然、彼女はその名を認知していた。

 しかし。

 カイルが紡いだ物語において、コーネリアは俺と同様、しょうもない悪役に過ぎなかった。


 そうした運命が、彼女の魂を曇らせたのだろう。


 けれど今。

 シナリオは完全に崩壊した状態にある。


 だからこそ。

 コーネリアは、原作とは全く違う未来を、掴み取ったのだろう。


「――――サー、シャ」


 呟くように名を呼んだ、次の瞬間。

 彼女の瞳から、涙が零れ落ちた。


「っ……!? あ、れ……!? なんで、こんな……!?」


 意味が分からない、と、そんな様子で目を擦る。

 だが、涙は止めどなく溢れ、頬を伝い続けた。


 そんな姿を前にして。

 サーシャは。



「――――――マスター?」



 そこからはもう、全てが衝動的だったのだろう。

 理由を求めることはなく。

 サーシャとコーネリアは、静かに近寄って。


「う、うぅ……」


「う、ぁ……」


 抱き合いながら、涙を流す。

 そんな二人の姿を前にして、エクレールは一言。


「希望って、こういうこと、だったんだね」


 感涙する彼女の頭を撫でながら、俺は大きく頷いた。


 ……第二巻目の内容において、解消されなかった謎。


 サーシャの主人。彼女の名前は、劇中にて、一度も呼ばれてはいなかった。


 なぜ?


 意図的に隠したのは間違いない。


 だがそこに、どのような狙いがあったのか。


 いや、どのような事情があったのか。


 その謎は、公式ファンブックが発売すると同時に解消された。


「サーシャの主人、その名は…………コーネリア」


 偶然で片付けられるものじゃない。


 作者という名の神は、本来、この展開へ導くべく、コーネリアというキャラクターを生み出したのだ。


 しかしライトノベルというのは作者の都合だけで製作出来るものではなく……

 それゆえに、不本意な形で、歪められたのだろう。


 だが現在。

 俺がシナリオを破壊したことによって。

 神が望んだであろう本来のシナリオが、展開している。


「サー、シャ……!」


「マス、ター……!」


 カイルには、紡ぐことの出来なかった物語。

 カイルには、導くことが出来なかった、結末。

 それを目の前にして。



 俺もまた、涙腺を緩めるのだった――






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 なにとぞよろしくお願い致します!


 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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