第一二話 元・機械人形は、進むべき道を定める


 固有スキルとは、邪神と魔王による邪知暴虐に苦悶する人々へ、天上におわず女神の一柱が慈悲を与えた結果であるとされている。


 人類にその概念が宿った原因については他にも諸説あるが、少なくとも発生時期は邪神の出現以降であることは間違いない。


 それゆえに。

 超古代という、邪神出現以前を生きたサーシャには、知る由もない。


 今、この世界における、戦闘技術の最高峰。

 魔導極義という術理が、いかなるものであるかなど。


 それを一言で要約するならば……

 超高度な空間干渉系魔法と、スキル・コントロールの合わせ業といったところか。


 魔導極義の発動直後、まず一定範囲内に強化領域が顕現する。

 これは発動者の基礎能力を向上させるもので、範囲内に留まる限り、効果が切れることはない。


 そしてさらに。

 この強化領域内においては、発動者の固有スキルが任意の形式で、自動的に発動し続ける。


 ヴィクター・ボードウェルの身に宿ったそれは、《速度操作》。

 あらゆる物体と概念が発生させる速度を、自在に操る力。


 それが今、全自動で。

 アルベルトとエクレール、両名に、鈍足効果をもたらしていた。


「くッ……!」


 魔力の弾丸をもろに浴びて、苦悶を漏らすアルベルト。

 彼を想ってか、エクレールは強く歯噛みして。


「……っ!」


 虚空へ顕現させた火球を自身へとぶつけることで、己が固有スキルを無理やり発動。

 そうすることで自身にバフを掛け、鈍足効果に対抗するのだが。


「ははッ! どんだけ強化しても無駄だぜ、お嬢ちゃんッ!」


 魔導極義による強化領域内において、スキルは自動発動だけでなく、任意発動もまた可能である。

 その特性で以て、ヴィクターは自らの動作速度を上昇させ、エクレールの高速運動を完封し続けていた。


 まさに一方的な状況。


 エクレールの再生能力も鈍化しており、このままではいずれ、斃れることになるだろう。

 アルベルトに至っては、立っていられるのが不自然に思えるほどの有様となっている。


 ……そんな彼の姿を前にして。

 サーシャは思考プログラムのエラーと、戦い続けていた。


(ワタシは、どうすべきなのか)


(ワタシは、どうしたいのか)


 結論が出ない。

 さっきまでは、自壊一択だったのに。

 アルベルトが叩き付けてきた言葉が、サーシャの目的を奪っていた。


「いやぁ~、しぶといねぇ~、少年」


 ヴィクターの意識はもはや、サーシャにはない。

 彼の興味はアルベルトにのみ注がれている。


「オッサンさぁ、別に相手を嬲り殺すような趣味はねぇのよ。たとえ相手がキリングヴェイツのクソッタレでも、それは変わらねぇ。……だから今、お前さんが立っていられるのは、ってことになる」


 勝利を確定させたも同然のヴィクターは、しかし、油断なくアルベルトを見据えて、


「キリングヴェイツの人間は、が発現しやすいって話だが……お前さん、ようだな」


 アルベルトは肯定も否定もせず、ただ敵方を睨むのみだった。


 もう挑発の文句を口にする余裕さえない。

 完全なる満身創痍。

 このまま捨て置けば、遅かれ早かれ、死ぬ。


 ……それでいいのか?


 サーシャの中に、そんな自問が芽生えた。


 なぜ?

 自分は彼に対し、なんらかの情を覚えているのか?

 それはなんだ?


 少なくとも、主人に向けているようなものではない。

 だが、少しだけ、似ている。

 その感情は、なんというのだろうか。


 疑問が疑問を生み、一つの結論へと収束していく。

 が、その最終地点へと到達する前に。


「オッサン、用心深いタチでさぁ。勝ち確だろうと、その状況を疑っちまうのよ。だから……こっからはより悪辣に、やらせてもらおうかね」


 魔銃の発射口が、サーシャへと向けられる。

 そして。

 魔力の弾丸が射出され、サーシャへと殺到。


 回避は容易い。

 だが、体が動かない。

 思考プログラムのエラーによって、あらゆる選択肢に迷いが生じていた。


 それゆえに。


「ぐぁッ……!」


 目前にて。

 サーシャを庇ったアルベルトが、喀血する。


「ぐ、ぅ……!」


 ここでとうとう、アルベルトが膝をついた。


 もう動けない。

 あとはトドメを刺されるのを待つだけ。


 そんな彼へ、サーシャは問うた。


「……なぜ、デスか?」


 理解が出来なかった。

 アルベルトの行動は、何もかも、理解不能だった。


「貴方がワタシを庇う理由が、わかりまセン。このままでは、死にマスよ?」


 アルベルトは苦悶を漏らしながらも。

 笑みを浮かべながら、こう返した。


「言った、ろ……希望がある、かも、ってさ……」


 咳き込み、喀血しながら、彼は言葉を続けていく。


「俺の、勝手な、思い込みかも、だけどさ……でも、可能性は、あるん、だよな……お前が、ハッピーエンドを、迎える……そんな、可能性が……」


 わからない。

 やはり、何を言ってるのか、何を目論んでいるのか、まったくわからない。


 だが。

 ここに至り、サーシャは思考プログラムをシャット・アウトした。


 理屈はもう、必要ない。

 そんな感情が、機械には存在しないはずの場所に、生じている。


「……そういえバ。貴方の名前を、窺ってませんデシタね」


「アルベルト、だ。アルベルト……キリングヴェイツ」


 先刻、敵方に名乗ったそれとは違う、彼の真名。

 それを耳にして、ヴィクターが歓喜する。


「ハハッ! やっぱりなッ! オレの勘は良く当たるんだよッ! これで一匹、キリングヴェイツをブチ殺――」


 高らかに叫ぶ、その最中。



「いいエ。それハ、不可能デス」



 理由はわからない。

 わからないままで、いい。


 サーシャの中には答えが出ていた。


 自壊ではない。

 しかして、過去を乗り越えるというわけでもない。


 ただただ。

 目の前に居る、わけのわからない少年を。



「――ワタシが、守りマス」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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