第一一話 他人の感情がわかんねぇなら、機械のまんまだろ


「……他人の、心」


 こちらを睨みながら呟くサーシャへ、俺はさらに言葉を放った。


「俺はお前がなに考えてるか、全部わかるぜ? ……で? お前はどうだ? 俺がどうして腹を立ててるか、言い当ててみろよ」


「……足を引っ張り、自らに損傷を与えタ。そのことに怒りを覚えているのでショウ?」


「状況証拠から推測したらそうなるよな。けどさ、お前の思考プログラムは、そういった怒りを覚えた相手がどういう行動を取るのか、弾き出してんじゃねぇの?」


「……っ!」


「俺はお前に、一言でも罵声を浴びせたか? 傷付いた自分の体を見せ付けて、全部お前のせいだとか、一回でも叫んだか?」


「……いいエ」


「そうだよな? だから、俺が腹を立ててるのは、お前が足を引っ張ったからでもなければ、それによってダメージを受けたからでもない」


「……では、ナゼ?」


 眉間にしわ寄せながらの問いかけに、俺は自らの感情を吐き出した。


「主人の気持ちも知らないで、勝手に自分を壊そうとしてるお前の姿に、ムカついたからだよ」


 そう。

 そうなのだ。


 相手の感情を理解したうえで、それでもまだ消えたいと望むなら。

 もうそれは仕方がないことだと思う。


 何せそれは確実に、当人にとっての救いだからな。

 こっちに止める権利はない。


 だが。


「お前の主人は最後にこう言ったよな? 自分以外の人間を愛し、そいつと幸せになれって」


「っ……! ナ、ナゼ、それを」


「んなこたぁ、どうでもいい。お前はその言葉を口にした主人が、どんな気持ちだったのか、答えられんのかよ?」


「……それ、ハ」


「無理だよな? だってお前は、自分の気持ちは理解出来ても、他人の感情はまだ理解出来ねぇんだから。そんな不完全過ぎる心しか、持ってねぇんだから」


 目を見開き、吃驚の顔を見せるサーシャ。


 そんな彼女へ、俺は次の言葉を送った。


「なぁ、サーシャ。お前は主人を愛してたんだよな?」


「……はい」


「その気持ちがどんなものなのか、それはわかるよな?」


「……はい」


「だったらさ……主人もお前に、そういう気持ちを抱いてたって言えば、いろいろと見えてくるものがあるんじゃねぇのか?」


 瞬間、サーシャは。

 口をぽかんと、開けて。


「マスターも、この、感情を」


 ……人間なら、理解出来て当然の精神。


 しかしサーシャはどこまでいっても機械人形だ。


 心を持っているにしても、それは未だ不完全。


 だからこそ。


 誰かが彼女に、教えてやらなきゃいけない。


 他人の感情を、読み取る術を。


「お前は主人に対して、幸せになってほしいと、そう願い続けてきたんだろ?」


「……その、通りデス」


「逆にな。主人もお前に、まったく同じ感情を抱いてたのさ。だから後を追うことを許さなかった。だから、自分以外の人間を愛せと、そう命令した」


 こちらの言葉が、胸に響いたのだろうか。


 サーシャの瞳に涙が浮かぶ。


 ……彼女の中で、好ましい変化が現れたのかどうかは、わからない。


 ここまでやって、まだ自壊を望むのであれば、もうお手上げだ。


「後は、お前の好きにしろよ。壊れたいなら止めはしない。ただ、もし、希望に縋りたいっていうのなら。俺のことを信じて――」


 付いてこいと、そう口にする直前。


「お取り込み中、失礼するよぉ~、っと」


 ヴィクターの声が、こちらに強い緊張をもたらした。


 奴の方へ目をやる。


 ……気のせい、か?


 さっきまでとは妙に、雰囲気が違う。


「なぁ、少年。よくよく考えてみると……お前さんの名前、知らねぇんだよなぁ」


「リード・シュタインだ。これで満足か?」


「ははっ。リード・シュタイン、ねぇ」


 ……マズい。


 これは、ガチで、マズい。


「オレさぁ、こんな商売やるまでは、暗殺稼業を営んでたのよ。これでも凄腕で通ってたんだぜ? 実際、業界じゃあ知らねぇ奴はどこにも居なかった」


 ……ヴィクターは、三下の悪役ではない。


 二巻目以降にも、何度か登場を果たすほど、存在感が強いキャラクターだ。


 その実力は登場回数を重ねる度に後付けで強化されていき……


 最終的には、大半のキャラクターが勝てないほどの、凄まじい実力者となった。


 事実、この時点でカイルが勝利出来たのは、ヴィクターが手を抜いていたところが大きい。


 しかし、今。


 その理由が、崩れ去ろうとしている。


「オレがさ、廃業して、こんなチンピラ紛いなことやってんのは……どうしてだと思う?」


「……さぁな」


「全部、奪われたからだよ。……!」


 なぜかはわからない。


 奴の第六感が、虫の知らせでも運んできたのか。


 それともこちらが、ミスを犯したのか。


 いずれにせよ。


 ヴィクターはこちらの正体に気付いている。


「ははっ。まぁ、お前がキリングヴェイツのクソッタレかどうかは、もうどうだっていい。本物ならざまぁみろだし、偽物だったとしても……大金を取り逃がすってだけで済む」


 奴はサーシャを一瞥し、断言する。


「少年よ。今はお前が最優先だ。お前を殺せるなら……そいつがブッ壊れちまっても、ぜんぜん問題じゃない」


 狂気を感じさせる、凄絶な笑み。


 それはまさしく、殺意の表れ。


 そして。


「《流動》・《遅延》・《極速》」


 退避の指示を出しても、もはや間に合わない。


 ヴィクターはこちらの目前にて。


 この世界における、最高峰の戦闘技術を、披露する。



「魔導極技――――懸け離れし速度スロウ・アンド・ソニック






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


 拙作を少しでも気に入っていただけましたら、☆とフォローを

 なにとぞよろしくお願い致します!


 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る