第一〇話 二巻目のヒロインが厄介すぎてつらい
自壊に繋がる全ての行為を禁止する。
サーシャの主人は彼女へそのように命令を下していた。
しかし現在。
サーシャは間接的な自壊行為が可能となっている。
相手の攻撃に対し、あえて向かっていき、ダメージを受け続けることによって。
彼女は、自らを破壊出来てしまうのだ。
――そんな事情もあって。
戦況はあまりにも、おかしな内容となっていた。
「おいおいおいおいおいおい。オッサン、やりづらくてたまんねぇよ、もう」
敵方……ヴィクターからしてみれば、面倒極まりない状況であろう。
何せサーシャが自らの攻撃に対し、無防備に向かい続けているのだから。
「こちとらアーティファクトの強奪って条件でカネ貰ってんだからさぁ~。それをブッ壊しちまったらタダ働きになっちまうってわけ」
攻撃の手を一時的に止めて。
ヴィクターは魔銃を肩に担ぎながら、言葉を紡ぐ。
「しぃ~かぁ~もぉ~……人型のアーティファクトとなりゃあ、逃がす魚がデカすぎる」
一つ溜息を吐いた後。
奴はこちらへ、こんな提案を投げてきた。
「そろそろ意地張らずにさぁ~。アーティファクトをこっちに渡しちゃえよ、少年。今ならアレだ。報酬の二割ぐらいなら分けてやってもいいぜ?」
「……やだね」
「はぁ。突っ張るねぇ、少年。けどさぁぁぁぁ……このまま続けちまうと、死ぬぜ? お前」
これは脅し文句じゃない。
ただ、事実を述べただけだ。
戦闘開始からおよそ一〇分程度が経過したわけだが……
もうこっちはかなりキツい。
「だ、だいじょう、ぶ……?」
エクレールはまだまだ元気だが、俺は端から見れば、ボロ雑巾みたいな状態になってるんだろうな。
それもこれも、サーシャを庇いながら戦ってるからだ。
あいつがわざわざ攻撃に向かっていくので、それをなんとか止めた結果……
サーシャの代わりにこっちが被弾。
それを繰り返した結果、もはや我が身は満身創痍である。
「……バッカじゃないノ」
悪びれるどころか、罵倒を寄越してくるサーシャ。
別にね、そのことに腹を立てたりはしないよ。
気持ちはよくわかる。
俺も彼女の立場だったなら、同じように動いてしまうだろう。
だけどね。
俺とサーシャには決定的な違いがあるんだよ。
同じ行動を取るにしても、その違いが、あるからこそ。
俺は、サーシャに対して怒りを覚えていた。
……原作読んでても、イライラしてたんだよな。
結局のところ、そこはカイルでさえ解消してなかった。
だから。
自分自身の手で、キッチリと解消してやる。
そのためにも。
「エクレール。ちょっとだけ……無茶して、くれないか」
「うん。まかせて」
俺は小声でエクレールに簡単な作戦説明を行った。
いや本当に申し訳ないし、情けない話なんだけど。
エクレールには、思い切り、傷付いてもらう。
「……ふっ」
地面を蹴って、白銀の美髪を靡かせる。
そんなエクレールへ、当然、ヴィクターは後退しつつ、魔力の弾丸を放つわけだが……
「うっわ、マジかよ」
全弾、あえて命中。
相応のダメージがエクレールの体に刻み付けられる。
が、彼女の狙いはまさにそれだった。
「ッ……!? はっや!?」
エクレールの固有スキル《損傷変換》により、負ったダメージの分だけ、彼女にはバフが掛かる。
また、全身に刻まれた傷は、竜の魔人としての自己再生力によって瞬く間に回復。
その結果。
エクレールはヴィクターへと一瞬にして肉迫し、
「……えい」
拳を叩き込む。
「チッ……!」
回避は間に合わないと判断したか、ヴィクターは防御魔法を展開。
奴の眼前に半透明の防護膜が形成される。
が――それを見事に、ブチ破って。
エクレールの拳が、奴の胸部を捉えた。
「いってぇッ!?」
コミカルな悲鳴を上げながら、数メートルほどブッ飛ぶ。
この隙を、見逃す手はない。
俺はポーチを漁り、煙幕のスクロールを取り出して――
敵方へと、放り投げた。
次の瞬間。
もくもくとした煙が周囲一帯を覆い尽くす。
「退くぞッ! エクレールッ!」
「うん」
サーシャに関しては、肩に担いで無理やり運ぶ。
「…………チッ」
舌打ちする彼女に、俺は苛立ちを覚えつつ、迷宮内を駆け回り……
安全な場所へ辿り着いたと判断すると同時に、サーシャを地面へ立たせて、一言。
「……お前さ、ほんっとに、なんもわかってねぇのな」
女の子に対しては紳士的に振る舞うべきではあるのだけど。
もうコイツに対しては、遠慮しない。
「いや、マジで。お前のマスターが可哀想で仕方ねぇわ」
「…………は?」
デリケートなところに触れたからか、サーシャが明確な怒気を放つ。
おぉ、怖い怖い。
実際、全力で殴られたら一発で死ぬ自信がある。
だが、それでも。
俺は一切、気後れすることなく、サーシャへ次の言葉を叩き付けた。
「お前は自分の感情こそ理解出来てるようだけどさぁ…………他人の心については、なぁ~~~~にもわかってねぇじゃん」
~~~~あとがき~~~~
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