第九話 希望はあるさ
サーシャが覚醒と同時に言い放った台詞は、原作のそれとまったく同じ内容だった。
かなり毒々しい言葉ではあるが……それもむべなるかな。
サーシャからしてみれば。
自身を地獄へと引き戻した、張本人なのだから。
「……スリープ・モードへ、再移行」
当然ながら、今のサーシャが現実世界での生活を受け入れるはずもない。
よって彼女は再び眠りに就こうとしたのだが、
「……システム、エラー」
先ほどガーディアンが衝突したことによって、彼女の体は一部、損傷している。
だから、もう。
現実から逃避することは、出来ない。
「……ふざけんナ」
眉間に皺を寄せながら、カプセルに拳を振り下ろす。
原作においては、そんなサーシャにカイルが声を掛け、当然のように拒絶される。
だが「なんとなく放っておけない」という彼の熱意に、サーシャは何か運命めいたものを感じ、カイルに興味を持つ。
とどのつまり、主人公補正という名のご都合主義によって、サーシャはカイルにデレ始めるというわけだ。
しかしながら。
我が身に作者の都合というメタ要素など微塵も付与されてはいない。
いかんせん、しょうもない悪役の身分である。
よってサーシャを説得するには、確たる材料が必要になるのだけど……
ただ一つ、こちらにはその用意があった。
「なぁサーシャ」
「……なぜ、ワタシの名ヲ?」
「はは。名前だけじゃないぜ? 俺は君の全てを知ってる」
エクレールに使った手とまったく同じ、だが。
サーシャの場合、彼女のときとは違って、言葉による救済は不可能だ。
欠けたモノを取り戻す。
まずは、そんな希望を与える必要がある。
だから俺は、サーシャに対して、次の言葉を送った。
「君のマスターは……この世界のどこかに転生している、かもしれない」
こちらの発言に対し、サーシャは一瞬、目を丸くさせた後。
「詳しい話を、聞かせてもらいまショウか」
瞳と声に、剣呑な気配が宿る。
主人のことは彼女にとって、もっともデリケートな部分だ。
下手に触れれば躊躇うことなく、彼女はこちらへ殺意を向けてくるだろう。
俺は慎重に言葉を選びながら、話を進めていく。
「この世界には確実に、輪廻転生という概念が存在する」
証拠は俺自身、というだけでなく。
原作においても、第六巻目にて、それをテーマにした物語が展開していた。
……もっとも、そのようなことを言ったところで、サーシャが信じるはずもない。
ゆえに、真実を告げるのではなく。
彼女が彷徨う地獄へ、蜘蛛の糸を垂らすかのように。
話を、進めていこうと思う。
「非現実的な話だよな。でも、事実だよ。君のマスターは今、別人として、この世界のどこかに生まれ変わってる。ともすれば……再会を機に、君のことを思い出すかもしれない」
俺の発言はサーシャにとっての希望だ。
失われてしまった大切な存在が、戻ってくるかも、と。
ほんの僅かにでも思わせられたなら、こちらの勝ちだが。
「……貴方の目的は、なんデス?」
「警戒するのも理解出来るよ。ただ、どうか信じてほしい。俺は君にハッピーエンドを迎えてほしいだけだ。……まぁ、そのついでに、俺の仲間になってくれると嬉しいんだけど」
これは本音である。
ここに来たのは仲間を募るため、というよりかは、すべきだったことを今になって行っている、という側面が強い。
だからサーシャが仲間になってくれなくてもかまわない。
俺の中には、彼女を最善の結末に導くための、可能性がある。
……そうした心理が嘘偽りのないものだと、サーシャには理解出来たらしい。
「スキャン結果を確認。虚言を吐いている形跡は……ナシ」
呟いてから、サーシャはカプセルの内側から出て、こちらの目前に立つと、
「……案内、してくだサイ。マスターのもとへ」
大成功……
などと、結論付けるつもりはない。
なんせサーシャは嘘を吐いているからな。
カイルのときでさえ、そうだった。
彼女はこちらの話に乗るように見せかけて……
別のプランを、実行しようとする。
「んじゃまぁ、街に帰還するか」
「……うん」
頷くエクレール。
サーシャからの反応は、ない。
二人を伴って、俺はしばし、迷宮の只中を進み続けた。
まるで全てが解決したかのような空気感。
だが、実際は。
「……確か、ここらへん、だったよな」
記憶の中にある情報と、現在地とを照らし合わせた、そのとき。
ほんの僅かにサーシャが横へズレるような動きを見せた。
その動作を目にした瞬間、確信を抱く。
「やっぱりな……!」
俺はサーシャを突き飛ばした。
目を丸くする元・機械人形。
エクレールも、こちらの意図が理解出来なかったらしく、怪訝な顔をする。
が、説明をしているような暇はない。
次の瞬間。
こちらに対して、煌めく魔法の弾丸が殺到する。
完全な不意打ちの形であると、敵方はそのように考えていたのだろうが……
残念ながら、こっちは全てを知っている。
だから俺は、ギリギリのタイミングで、弾丸を回避することが出来た。
「ほっほぉ~う? 当たると思ったんだが……やるじゃねぇのよ、少年」
男の重低音が、場に響く。
それを放ったのは、第二巻に登場する悪役の一人。
立ち位置的には中ボスということになるんだろうが……
その危険度は、最後の敵よりも遙かに上だ。
「ガキ相手に不意打ちかますかね、普通。性根が腐ってんじゃねぇのか、あんた」
軽口を返しながら、敵方を睨む。
まるで西部のガンマンといった出で立ち。
年齢は四〇そこそこか。くたびれきった大人の目をしている。
「さぁ~て。一応、自己紹介しとこうかな。オレはヴィクター。ヴィクター・ボードウェル。仕事は、まぁ……暴力屋ってとこかな」
そして。
ヴィクターは
「そこのアーティファクト、な。大人しくオッサンに寄越しなさいよ。お互いのためにも、さ」
逆らえば力尽くで奪う。
そんなヴィクターを前にして、俺はまずエクレールへ問うた。
「なぁ、君を巻き込んでも、いいか?」
「……つちくさい」
「はは。それを言うなら、水くさい、だよ」
「そう。それそれ」
これで相棒の確認は取れた。
だから、俺は。
「答えは――これだ」
ヴィクターに対して、エクレールと共に。
中指を、突き立ててやった。
「はぁぁぁぁぁ。オッサン、面倒なの嫌いなんだけどなぁぁぁぁぁ」
そう言いつつも、全身から放たれる闘気は、凄まじいものだった。
しかし。
奴よりも、俺は……サーシャの方が気になった。
「なぁ、サーシャ。一応言っとくけどさ……さっきみたいに、馬鹿な真似は、するんじゃねぇぞ」
返答は、ない。
サーシャはきっと、こちらの感情など無視して動くだろう。
原作の彼女がそうしたように。
……サーシャの内部に生じた破損。
それは、スリープ・モードへの移行を阻害するという内容以外にも、もう一つ。
致命的なエラーを、発生させている。
果たして、その内容とは……
主人から発せられた命令の一部を、白紙化するというものだった。
~~~~あとがき~~~~
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