閑話 戻りたくても、戻れない


 どのような時代であろうとも、敗戦国が迎える末路は無惨極まりないものだ。


 国土を切り分けられ――


 民草は虐げられ――


 戦犯者は、首を括られる。


 ゆえにこそ。


「逃げまショウ、マスターッ!」


 サーシャは叫んだ。


 父の後を受け継ぎ、祖国に貢献した、天才エンジニアへ。

 今やA級戦犯のそしりを受ける、自らの主人へ。


 ――だが。


「無理だよ。逃げ場なんて、どこにもない」


 主人の美貌には諦観が宿っていた。


 完全に、受け入れている。

 自らの、結末を。


 されどサーシャは、


「地下施設があるでショウ! アレは、このときのために創ったのデハ!?」


 諦めたくなかった。

 諦めさせたく、なかった。


 愛していたから。


 心なき機械が、心を芽生えさせるほどに。

 サーシャは、主人を、愛していたから。


 ……それなのに。


「違うよ、サーシャ。あれはね、貴女を守るために創ったの」


 主人は彼女の手を振り払った。


「元々、ね。こうなることは覚悟してたんだよ。戦況が不利な方に傾いてるってのに、上の奴等は内輪もめばっかしてさ。もう負けるべくして負けたって感じだよね」


 それは全て、為政者達の責任ではないか。


 主人のどこに、罪があるというのだ。


 そのように訴えるサーシャへ、主人は昏い笑顔を見せながら、


「知ってるでしょ? 私の兵器が、いったいどれだけの人を殺したか」


「そ、そんなノ……! 仕方がないことでショウ! 戦争なのだカラ!」


「うん。でもね、やったことには責任を取らなくちゃいけないんだよ」


 平行線。

 そんな言葉が機械の脳に浮かんだ、次の瞬間。


「――甲種命令。ASL-02S型の自壊行動を禁ずる」


 主人が命令を下す。


 今までそんなこと、一度さえ、してこなかったのに。


「マ、マスター……?」


 サーシャの当惑を前に、主人は唇を震わせながらも、


「加えて、ASL-02S型に地下施設への移動を命ずる」


 言われると同時に、足が勝手に動いた。


「マ、マスターッ! め、命令を、取り消してくだサイッ!」


 心を有してもなお、機械は機械でしかない。


 そんな自分の境遇を呪いながら、サーシャは叫んだ。


「マスターッ! せめテ! せめテ、後を追うことは――」


「ダメだよ。それだけは、絶対に許さない」


 毅然とした声。


 しかし、それがどんな顔から放たれたのか、サーシャにはわからなかった。


 主人に背中を見せて、歩き続ける。


 そんな彼女へ、主人は。


「甲種命令。私のことを――――」


 そこから先は、口にすることが出来なかったのか。


 少しして、彼女は別の言葉を紡いだ。


「甲種命令。私以外の人を愛して……その人と、幸せになりなさい」


「ッ……! 貴女以外の人を、どう愛せというんデスかッ!」


 それが。

 サーシャと主人が交わした、最後の言葉となった。



 ――数日後。



 サーシャは地下施設の奥深くにて、カプセルの内側へと入る。


「マスター」


 奇跡が起きてくれることを祈っていた。

 都合のいい妄想が、現実になってほしいと、願い続けていた。


 けれど。

 誰も主人を救うようなことはせず。


 今。

 サーシャの脳裏にて。


 拾った中継電波が、映像を流している。


「マスター、マスター、マスター、マスター」


 カタカタと指が勝手に震え出す。


 そして次の瞬間。


 サーシャは、主人が銃殺刑に処される瞬間を、目にした。


「マス、ター……」


 実況を担当している人間が、笑いながら叫ぶ。


“悪は滅んだ!”


“ざまぁみろ、阿婆擦れの魔女め!”


 そんな声など、もう頭の中には、入らない。


 気付けば。

 瞳から、涙が零れた。


 新兵器の開発を諦めて以降、主人はずっとサーシャの改造を続けていて。

 彼女は今や、自らの感情を、表現出来るようになっていた。


 だが。

 そんなものは。


 今の彼女からすると、最低最悪な、呪いでしかない。


「ぅ、あ……あぁあああああああああ……!」


 カチカチと歯を打ち鳴らし、嗚咽を零す。


 涙がとめどなく溢れて、思考プログラムにエラーが生じる。


 痛かった。


 機械が感じるはずのないそれを、サーシャは味わっていた。


「ぅ、くっ……ぅ、あ……」


 どうして。


 どうして、心など、求めてしまったのだろう。


 こんな思いをするぐらいなら、機械のままで、よかった。


 無機質な、主人の命令をただ聞くだけの。


 機械人形で、在り続ければよかった。


「う、うぅ……」


 胸中に芽生えた衝動は、しかし、いずれも実行出来ない。


 自壊も。復讐も。何もかも。


 サーシャに出来ることは、もはや、ただ一つ。


 主人が用意したこの施設の只中で、眠り続けること。


「…………マス、ター。貴女は、どうシテ」


 答えは返ってこない。


 答えを出すことも、出来ない。


「…………」


 もはや、思考プログラムの働きが継続することさえ、不愉快に思えた。


 だからサーシャはカプセルの中で横になって。


「スリープ・モード、起動」


『再起動の時間指定を行いますか?』


「……しなイ」


 もう現実の中に、居続けたくはなかった。


 一刻も早く、この世界から消え去えって――



 この痛みから、解放されたい。



 眠りという名の逃避だけが、サーシャにとって唯一の救いだった。


 それなのに。



 どうして、目を、覚まさせたのか。



 長き年月を経て。


 二度と味わいたくなかった痛みを、噛み締めながら。


 彼女は、目の前の人物に呪詛の言葉を吐きかけた。



「――――死に腐ってくだサイ。このバカヤロウが」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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