閑話 そして、機械人形は人へと至る


 人類史上もっとも文明が栄えたのは、いつの頃であろうか。


 少しでも学のある者は総じてこう答える。


 遙か古の時代である、と。


 超古代において、人々は自在に空を飛び、超高速で地表を駆けたという。


 それは高度な魔法技術と……


 今は失われし、科学技術によるものであった。



「娘よ! 七歳の誕生に、これを贈ろう!」



 豪奢な屋敷の一室にて。

 壮年の男と幼い少女が、それを前にする。


「こいつは凄いぞぉ~! ASL-02S型! 現段階における僕の最高傑作――」


「この子、すっごくかわいいね! おとうさんってこんな感じのようじょが好きなの!?」


「はっはっはっ! 娘よ! 僕はそんな変態じゃあないぞ! はっはっは!」


「えっ? でも、前におとうさんのお部屋入ったとき、本棚の奥に――」


「よぉ~し、早速起動してみようかぁあああああああああああ!」


 男が魔力を流し込む。

 その瞬間……それは、世界へと生まれちた。


 男でもなければ女でもない。


 人でもなく。獣でもなく。魔でもなく。


 あるいは――機械ですら、ないのかもしれない。


 それはオートマータと称されし、戦闘人形であった。


「わぁ~! 目が光った! かっこいい~!」


「…………」


「あなたのお名前はね! サーシャ! 今日からよろしく!」


「…………はい、マスター」


 組み込まれた人工知能が、最適な返答を音声データへと変換し、紡ぎ出す。


「サーシャはこれより、マスターをお守りいたしマス」


 この機械人形は、護衛のために造られた存在であった。


 創造主たる男は、国家の科学力を数十年進歩させたと評されし天才エンジニア。

 そうした立場ゆえ、危険に陥ることも少なくはない。


 自分に巻き込まれて娘が傷を負わぬために、彼は機械人形を造ったのだ。


 しかして。

 その凄まじいスペックは。


「ねぇ~ねぇ~、サ~シャ~! この本読んで~!」


「一八才未満のマスターには、閲覧の権限がありまセン」


 まったく以て。


「いえ~い! ハイスクール入学ぅ~! 写真撮って、サーシャ!」


「本機に撮影機能は搭載されておりまセン」


 無駄無駄&無駄といった調子で、年月が過ぎていく。


 だが、機械人形は。


「う~ん……サ~シャ~……だいしゅきぃ~……むにゃむにゃ……」


「……ワタシも、お慕いしておりマス」


 この平和な時間が、何よりも愛おしく――


 感じは、しなかった。


 所詮、機械人形。

 その内側に心などありはしない。


 人工知能は導き出された最適解を自動的に出力するだけだ。

 ゆえに機械人形は、どこまでいっても、無機物に過ぎない。


 そのはず、だったのだが。



「ねぇサーシャ……私、お父さんの仇を討ちたい」



 国家が不意を突かれ、一方的な宣戦を受けたことで。


 時代が。

 国が。

 そして……


 機械人形の全てが、激動する。


「サーシャ。出力計算をお願い」


「はい、マスター」


 日に日に、やつれていく主人の姿を、前にして。


「サーシャ。私のやってることは、間違ってるのかな」


「……マスターはお父上の後を継ぎ、エンジニアとなられ、お国のために務めておりマス。それが間違いであるはずがありまセン」


 日に日に、狂っていく主人の姿を、前にして。


 機械人形は。


 最適解を、出力することが。


 間違いなのではないかと、


 そして――


「あああああああああああッ! なんで! なんで、上手くいかないのッ!」


 戦争末期。

 荒ぶる主人の姿を目にして、機械人形は。


「落ち着いてくだサイ、マスター。お気持ちは理解出来マスが、熱くなられては――」


「気持ちがわかる!? ふざけないで! あんたなんか、ただの機械じゃないの!」


 言い終えた瞬間、主人はハッと目を見開き、その美貌に罪悪感を宿した。


「サ、サーシャ。ご、ごめん。今のは――」


「マスター」


 最適解となる返答は、「気にしておりまセン」であった。


 しかし、機械人形は。


「おっしゃる通りデス。この身は所詮、機械に過ぎまセン。ですが……それでもワタシは、マスターのお気持ちを、理解したいと、願っていマス」


 願う。


 機械人形に、そんなことをするようなプログラムは、組み込まれていない。


 それは主人が一番よく知っている。


 だからこそ。


「サーシャ……! 貴女は……!」


 さまざまな感情がない交ぜになっていて、その真意は掴めない。


 そんな主人に機械人形は、一方的に願い続けた。


「ワタシはマスターのお気持ちを理解し……マスターのお心を、支えたいのデス」


 ありえないことが、起きていた。


 機械人形の胸の内に、生じるはずのないものが、芽生えていた。


「……そうね、サーシャ」


 主人がゆっくりと近付き、そして……


 機械人形を、抱き締めた。


「私、やっと見つけたわ。自分が本当に、すべきことを。自分が本当に、したいことを」


 それからの日々は、あっという間だった。


「ほらサーシャ! 笑って笑って!」


「こんな感じ、でショウか?」


「あははははは! なにそれ、ぶっさいく~!」


 主人が、笑うようになった。


「ねぇサーシャ。久しぶりに、さ。一緒に寝ようよ」


「はい。本の読み聞かせもいたしまショウか?」


 主人が、ぐっすりと眠るようになった。


 そんな日々の中で。


 機械人形は、機械人形ではないものへと、変わっていった。


「マスター」


「なぁに? サーシャ」


「ワタシは今、とても、幸せデス」


 機械人形は、サーシャになった。


 ……しかし、そうだからこそ。


 彼女は。

 彼女達は。


 自らの運命を、呪うことになる。



「…………あぁ、そっか。まぁ、そうなるよね」



 主人と、サーシャのもとに、ある日、その一報が届いた。


 それはまさに、終焉を告げる鐘に等しく。

 ゆえにこそ、主人は諦観を美貌に宿し。

 サーシャは、拳を握り固める。


 二人のもとに届いたのは――



 ――敗戦の、知らせであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る