第六話 悪役が悪役を「ざまぁ」しちゃってもいいよなぁ!?


 俺は主人公じゃない。


 アルベルト・キリングヴェイツは所詮、読者に「ざまぁ」のカタルシスを与えるためだけに存在する、しょうもない舞台装置だ。


 そのように自認しているからこそ……

 主人公と同じ結末に至れるか、不安で仕方がなかった。


 原作の第一巻目。

 その終盤にて。


 カイルは俺とまったく同じ状況に陥っていた。


 クルツの命令によって、自分の命を狙うエクレール。

 そんな彼女の攻撃をあえて受け止めながら、熱い説得を行うカイル。


 いやホント、一巻目のカイルはマジで格好良かったんだよ。


 巻を重ねる毎にイキリスト具合に拍車が掛かってはいたけれど。

 こっちの世界じゃ立派なクソ野郎に成り下がったけれど。


 あいつの活躍に涙したという事実は、決して、変わらない。


 そんなカイル・ゲートマンの背中を、今。

 俺は、捉えることが出来たように、思う。


「あなたが、わたしを……連れていってくれるの?」


 エクレールは、気付いてないんだろうな。


 相手の存在を肯定したのは、俺だけじゃないってことを。


 エクレールもまた、無自覚に。


 俺のことを、肯定してくれたんだ。


「あぁ! 君のことは、俺が誰よりも幸せにしてみせる!」


 これは、カッコ付けの台詞じゃない。

 決意の表明であると同時に……


 罪滅ぼしを誓う、贖罪の言葉だ。


 ……俺はこの一年、自分のことばっかりで、エクレール達のことを考えてなかった。


 本当はもっと早く、救いに来るべきだったんだ。


 こんな自己中心的な悪役に、彼女を幸せにする権利はないのかもしれない。


 だが。

 真に彼女を救うべき主人公は、もう居ない。


 カイル・ゲートマンはある意味で死んだ。

 だから、たとえ資格がなかろうとも。


 悪役の俺が、主人公の代わりになるしかないんだ。


「……さて、と」


 感慨を噛み締めつつも、俺は現実へと目をやった。


 そう。


 貴族の馬鹿息子に対する、ざまぁタイムである。


「エクレール。あの馬鹿、どうしてやりたい?」


「……あなたが決めて」


 もはやクルツなどには興味がない。そんな調子だ。


 過去の遺恨を捨て去り、前を向く。


 やはりエクレールは気高い美少女である。


「ちょ、調子に乗ってんじゃねぇぞ! こっちにはなぁ、コレがあるんだよ!」


 馬鹿が脂汗掻きながら、自らの指に嵌めたリングを見せ付けてくる。


「こいつに魔力を込めればなぁ! そいつの首輪が作動して――」


「やってみれば?」


 エクレールが、淡々と言い放った。


「あぁ!? て、てめぇ、死にたいのかっ!?」


「いいえ。死ぬつもりなんかない。わたしはこの人と生きる。この人と、幸せになる」


 そっとこちらに寄り添うエクレールちゃん。


 マジ天使である。


「わたしは死なない。だから……好きにすれば?」


 冷然とした声音に、クルツがキレた。


「てめぇえええええええええッ! ぼくを舐めてんのかぁああああああああああッ!」


 指輪に魔力が込められる。


 その瞬間。


 エクレールの首輪から、闇色のオーラが発露する。


「くっ……! うぅ……!」


 激しい痛みを覚えているのだろう。


 エクレールの美貌が苦悶に歪む。


「はははははははは! 痛いだろぉ!? 苦しいだろぉ!? ざまぁみろってんだ! ははははははははははははは!」


 馬鹿の哄笑が響き渡る中。


 俺は、危機感など微塵も抱くことなく、事態を静観していた。


 なんせ原作通りだからな。


 原作の第一巻、その終盤においても、エクレールは首輪の効力によって苦しみ――


「ふ、う……ぁあああああああああああああああッッ!」


 自らの固有スキルを用いて、首輪を破壊する。


 エクレールの身に宿るそれは、《損傷変換》。

 受けたダメージを強化効果バフへ変換し、自らの基礎能力を向上させる。


 その力を発動したなら。

 ダメージを受け続ける限り。


 エクレールの基礎能力は、青天井に上がっていく。


 やがて彼女の頑強性が首輪によるダメージを上回り――

 バキィッという音が響き渡る。


 エクレールが首輪を、引き千切ったのだ。


「そ、そんな、馬鹿なッ……!」


 尻餅を付く馬鹿。


 そのすぐ傍で、騎士達は。


「に、逃げるぞッ!」


「い、いや、でも主人を見捨てるのは……」


「こいつはもう終わりだ! だったら自分の命優先だろ!」


 というわけで。

 賢明な騎士達は一目散に逃げ去った。


「ま、待てぇ! た、戦えよ、お前等ッ! ぼくはお前等の――」


「そもそもさぁ、そっから間違ってんだよなぁ」


 俺は馬鹿の目前まで近付いて、その姿を見下ろしながら、言葉を紡ぐ。


「俺もそうだけどね。所詮は子息なのよ、子息。つまりは親の脛かじりってワケ。あいつらはお前が雇ったわけじゃねぇし、だから逃げ去るのが当然だわな」


 もしちゃんとした子息サマだったなら、忠誠心に溢れた騎士が一人や二人、残っていたんだろうけど。


 まぁ、この馬鹿が馬鹿じゃなかった場合、こんなことにはなってないんだけどね。


「さてさて」


 馬鹿の腕を掴み、無理やり立たせる。

 と――


「た、頼む! 見逃してくれ! な、なんでもするから!」


 ん?

 今、なんでもするって言った?


「そうかそうか。じゃあ一つ条件を飲んでもらおうかな」


「そ、そうしたら、見逃してくれるんだなっ!?」


「あぁもちろん、お前のことを見逃してやるよ」


「だ、だったら、なんでもするっ! なんでもするからっ!」


「いや、お前は何もしなくていい。何かするのは、俺の方だからな」


 こちらの意図が読めない。


 そんな馬鹿に対し、俺はニッコリと笑いながら。


「お前が飲むべき条件。それはなぁ――――」


 全力で。


 一切の躊躇いなく。


 俺は馬鹿の股間を、蹴り上げた。



「――――去勢だよ、馬鹿野郎」



 ぐちゃっと、不快な感触が足下に伝わる。


 うん。潰れたな。確実に。


「――――ッッ!?」


 泡を吹きながらブッ倒れる馬鹿。


 しばらくは目を覚まさないだろう。


 こんな危険地帯で無防備な姿を晒したなら、行き着く結末は一つ。


 獣か魔物に食われて、ジ・エンド。


 だからこの馬鹿を捨て置いた場合、確実に死ぬわけだが。


「約束しちゃったもんなぁ~。見逃すってなぁ~」


 だから俺は、こいつとはもう一切関わらない。


 運んでやるとか、そんなことをするつもりもない。


 男と男の約束だからね。しょうがないね。


「んじゃ……行くとするか、エクレール」


「……どこへ?」


「君の行きたい場所へ……と言いたいところなんだけど、しばらくは俺に付き合ってくれないかな?」


「うん、いいよ。……あ、でも」


「どうした?」


「あなたの名前。まだ、聞いてない」


 いまさらながら、俺は自らの名を口にする。


「アルベルト・キリングヴェイツ」


「……あびゃびゃびゃびゃ?」


「ははっ。長くて覚えらんないか。じゃあ、そうだな。アルって呼んでくれよ」


「うん。……これからよろしく、ね? アル」


 原作じゃあ、敵対関係になっていた俺達だが。


 しかし、この世界では。


「あぁ。こちらこそ、よろしくな、エクレール。同じパーティーの、仲間として」


 悪役とヒロインが仲間になっても、かまわんだろう?



 ――かくして。


 構築されるはずのない関係が。

 ありえないはずの展開が。


 今、始まりのときを迎えたのだった――






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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