第四話 しょうもない悪役が主人公っぽいことしたっていいじゃない


 家名の威を借りて脅迫し、平和的にエクレールを解放。


 彼女を仲間に加え、ゆっくり時間をかけて、その心を救う。


 それこそがマイ・ベスト・プランだったわけだが。


「ぼ、坊っちゃん! さすがに、キリングヴェイツの人間を殺るのは――」


「うるせぇ! あいつをブッ殺したら全部解決だろうが!」


 馬鹿の浅慮が原因で、最善策は物の見事に破綻した。


 こりゃメチャ許せんよなぁ~?


 クルツの野郎は後でキッチリ潰すとして。


 今は、そんなことよりも。


「……死んじゃえ」


 ヒロイン様への対処、だな。


 エクレールの掌がこちらへ向けられた、そのとき。


 幾何学模様が顕現し、そして――


 豪炎が放たれる。


「わかっちゃいたけどさぁッ! マ~ジで容赦ねぇなぁッ!」


 なんとか回避。


 反撃は可能、だが……あえて手出しはしない。


 下手にそんなことをしたなら、エクレールが命を落としかねないからだ。


 それは当然、俺が強すぎるからとか、そういう話じゃない。


 エクレールだけでなく、魔人は皆そうだけど……彼女等の首には特殊なリングが装着されている。


 アレは主人に対する悪意を実行しようとした瞬間、もしくは、なんらかの強い衝撃などが加わると効果を発動し……


 装着者を、殺害する。


 その効果が「」発動したなら、エクレールはこれ幸いと死を享受するだろう。


 そんな結末はごめん被るため、俺は一切の手出しが出来ない。


「ははははははッ! 何が暗殺貴族だッ! 無様に逃げ回るだけの能無しがッ!」


 クルツのアホがなんかほざいてやがるが、無視する。


 馬鹿にかまけてたらガチで死ぬからな。


 俺とエクレールの実力差は、プロ野球選手と草野球選手レベルで違う。


 魔人特有の桁外れな身体能力。

 圧倒的な魔法技術。

 そこに加え……エクレールは固有スキルまで持っている。


 ひるがえって、こちらはどうかと言えば。


 まぁ、雑魚ってわけじゃない。

 そこらのモブよりも遙かに格上ではある。

 だが、魔人と肩を並べるほどの能力は持ってないってのが正直なところだ。


 これで固有スキルがチートだったら良かったんだが……

 そもそも、アルベルトは固有スキルを持ってない。


 ……とはいえ、それは原作のみを対象とした話。


 公式ファンブックにて、実は固有スキルの持ち主だったことが明らかとなった。

 だから俺も、それを所持しちゃあいるんだが……


「あんなもんッ! 今回の戦いでッ! 役に立つわけねぇだろぉおおおおおおおおおッ!」


 迫り来る属性魔法の数々を必死こいて避けながら、絶叫する。


 余裕は、ない。


 希望も、あるかどうか、わかったもんじゃない。


 ただ……やるべきことは、決まってる。


「エクレールッッ!」


 これは暴力で相手をねじ伏せるような、そういう勝負じゃないんだ。


 言葉で。


 心で。


 エクレールの中に積もった諦観を、破壊する。


 そのために、俺は。


「君が疑問に思ってることの答えをッ! 知りたくないかッ!」


 まずは興味を引く。


 原作の知識を、フル活用して。


「俺はッ! 君の全てを知ってるッ! その証拠としてッ! 君の母親が最期になんて言ったかッ! ここで、再現してみせようかッ!?」


 止まった。


 エクレールの、攻撃が。


「な、なにをしてるんだ、このクズが! 誰が攻撃を止めろと――」


「うっせぇッ! 舌引っこ抜くぞ、この腐れ強姦野郎ッッ!」


 馬鹿に怒声を叩き付けてから、俺はエクレールに言葉を放った。


「君は今、死にたがってる。そうだよな?」


「……うん」


「けど、これまではずっと、そうしなかった。やろうと思えばすぐに出来ることを、君はあえて、しなかったんだ」


「……うん」


「不思議だよな? 死んじまった方が楽になれるってのに。もしかしたら、天国に居る母親と再会して、そこで幸せになれるかもしれないってのに」


 だが、エクレールは今に至るまで、そんな選択をしなかった。


 なぜか?


 その答えは……俺がカイルに抱く感情と、まったく同じものだ。



「くそったれな現実を受け入れて、死ぬ。そんな結末に、ムカついたからだよ」

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