第55話 告白のMC
「どうされますか。もし難しかったら、このまま次のバンドに繋ぎましょうか?」と、恐る恐る学生スタッフが恭一に言った。
恭一は左手で右腕の肘を持ち、右手で顎を摩って考えていた。「いや、続けてくれ。……ただ、尺がもしかしたら長くなるかもしれないけど……」
「……分かりました。緞帳はもう開けますか?」
恭一はざわめいている観客を鎮めさせたかった。「ああ、開けてくれ」
「ちょっと、鳴尾。あたしたちはどうするの? 最後の曲をするの?」葵は聞く。
「まあ、オレに考えがある。演奏はちょっと待ってくれ。二人ともここにいてくれないか?」
「……分かった」
葵はそう言って、泉を見た。彼女も頷いていた。
幕が上がると、先程のメンバーが楽器から離れた場所に横一線で立っている。何事かと観客は騒然とする。
恭一はマイクを取った。「すみません。色々と取り乱してしまいまして」と軽く頭を下げた。葵と泉もどうしたらいいのか分からず互いに顔を見て、軽く頭を下げた。
「ボーカルの荻野聡さんはこれから保健室に向かいます。本人は意識があるので、大丈夫です。心配いりません」
と、ここで恭一はマイクを離した。まだ観客席からは騒然の声が聞こえてきた。
恭一はマイクを近づけた。「僕らブラボーというバンドは二か月前に結成した新人バンドです。実は、僕が荻野さん三人を」と、恭一は葵と泉を見て、また観客に向かって言った。「誘ったんです。僕の左にいる後輩の泉ちゃん。そして、僕の右にいるのは同級生の葵さんです。
バンドを組んだことの発端は、みんな音楽に興味があったからです。そこで、僕は三人の内に秘めた才能を見抜いて、何とかバンドメンバーに入ってくれないかとお願いしたんです。それで、皆さん僕に付き合ってくれたんです。
でも、この二か月練習をして、メンバーのみんなも楽器の楽しさを分かってもらい。本当に嬉しく思いました。実は、僕は小学生の時にプロのドラマーになりたいという夢がありました。
しかし、それは叶うことが出来なかった。理由はいろいろあったのですが、断念しました。
ですが、この二か月通して僕は、もう一度プロドラマーになりたいと思いました。その原因を作ってくれたのは、この荻野さんたちメンバーです」
と、ここで歓声が沸き上がった。拍手も送ってくれる観客もいる。
「えー、僕にはこれから大きな夢があります。それは、アメリカに留学し、そこで色々音楽の勉強をしてプロのドラマーになることです」
え、アメリカ? 葵は思わず恭一を見た。彼は真っすぐ前を見ている。泉もそこに驚きを隠せないようで、彼女と目が合った。
そうか……。だから英語の授業だけあれほど集中していたのか。葵は納得した。
恭一は柏野と多恵を見ていた。多恵は何度も頷いている。もしや涙を溜めているのか。
「皆さんも大小関係なく何かしら夢を持っていると思います。今回の文化祭のグループたちも今日にちなんだ夢を秘めて練習を重ねてきたと思います。
そして、泉ちゃんも葵さんも聡さんもそれぞれ音楽以外にでも夢は持っています。夢は決してなくなるものではない。そこに向けて下手くそでも走ったらそれなりに叶えるものだと僕は思ってます」
と、ここでまた喝采が起きた。葵は恭一がこれほど真剣にみんなの前で話をしているのは初めてだった。本来ならこんなこと話すつもりはなかったとは思うが、それにしても臨機応変に対応できるものだと、感嘆していた。
「少し長くなりましたが、最後に聡さんの為にも、一番練習した曲を演奏しようと思います。シンザでラブビーです。聴いてください」
と、ここで恭一はマイクから口元を離した。そして、泉と葵にそれぞれ演奏の準備をするように促す。
葵は不貞腐れることもなく、ただただ、恭一の指示に従っていた。ヘーズのストラップを頭から通して肩に掛ける。
もちろん泉も同じだった。彼女は素直に応じていたようで、用意が良く準備万端で、恭一に向かって親指を立てた。
恭一はドラムスローン座って、スティックを持ちカウントを取った。
エフェクターを切り替えてアコースティックギターの音色から始まり、前奏が流れていく。
そして、歌うのは恭一だ。彼はあまり歌いなれていないが、一生懸命マイクに口元を近づけて歌っている。
あまり歌が聴こえなかったので、葵も歌った。ここ何日何回もリピートして楽曲を聴いていたので、自然と歌えていた。
すると、泉もそれに参加して、結局三人で歌った。
それが、良かったのか、歌い終わった時は観客から拍手喝采が鳴りやまなかった。
三人とも最後はお辞儀をしながら、幕が下りていく。
――こうして、ブラボーの演奏は終了した。
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