第54話 まさかのアクシデント

 二組目が終わって、いよいよブラボーの番になった。先に二組目のバンドたちを舞台から下げた後、恭一は「行くぞ」と、言って、先にステージに立った。もちろん緞帳は下りている。

「用意が出来たら、スタッフの学生にオレが手を上げる。十分に時間があるから、セッティングをちゃんとしよう」

「分かった」と、葵。

 恭一は葵と二人でベース楽器とアンプをつないだ。そして、今度は泉の方に行って正確にシールドをつないでいるか確認した。

 二人はそれぞれの音を鳴らした。恭一は親指と人差し指で丸を作り、オッケーのポーズを作った。

 マイクの調整もした。聡はもちろん、泉にも葵にも事前にマイクは設置してもらっていた。そして、恭一も歌いづらいがマイクを置いてもらった。

「ポイントは全員楽しく歌う。いいな」恭一はそれぞれのメンバーに言った。三人とも頷く。

 恭一はスタッフの学生に手を上げた。彼は頷いて、緞帳の幕を上げた。

 先程のグループの影響で観客からは声援が聞こえてきた。恭一は観客が全員見えなかった。どうしても前にはボーカルの聡がいる。右にはベースの葵。左には泉の姿だった。

 恭一はドラムのスティックでカウントを取り、演奏が始まった。

 一曲目はシンザのカプリシオという楽曲だ。本来ならツインギターのピッキングから始まる楽曲なのだが、泉は一人だし、その上ピッキングを全て弾かずに数を落とした。

 ベースの葵はエイトビートなので、教えてもらったようにコードを弾いている。

 前奏からドラムだけが凄く上手いのは観客からも分かっていた。「ドラム、すげえー」と声が聞こえてくる。

 そこから聡の歌が入った。恭一はドラムを叩きながら全員のメンバーを観察していた。

 ……よし、ボーカルもあまり音程が外れていない。ベースが少し硬いがドラムでカバーできる。

 葵は半分困った様子で、何度も恭一を見ていた。だが、それは恭一に言われた通り、ドラムの音を確かめる為に弾いていた。

 この曲は五分も続く。二曲終わったら多分大丈夫だ。みんな程よい緊張になるだろう。

 最後の楽曲はラブビーで一番練習した曲だ。一番の締めはこの曲にしようと恭一は決めていた。

 ボーカルはカプリシオの二番目まで歌い上げて、ギターの間奏が入った。泉はこの楽曲の間奏が気にいっていて、一生懸命練習していた。

 リズムはガタガタだったが、彼女としては上出来だった。そして、また聡が歌っていく。

 途中の場面で本来はドラムを叩かない楽曲だったが、恭一はリムショットでカツカツとスネアドラムで音を刻んだ。そうではないとリズムが崩れて歌いづらくなってしまう。

 何とか一曲終わったら、拍手喝采で終わった。恭一はいつしか額から汗が流れていた。

 聡は軽く深呼吸をしていた。

 二曲目はレーゲンボーゲンのサマーホールというこれもアップテンポの曲だった。全体的に難しい曲だし、ボーカルから始まるので、恭一は息を呑んだ。

 少しグダグダになりながらも、何とか伴奏が始まり、この曲も何とか完走が出来るのではないのかと、恭一はようやく確かなものになって来て、ようやく観客を見渡せられる余裕が出てきた。

 泰三がこの演奏を見に来ているというのは葵から聞いた。久々の住職の顔でも拝んでやるかと思って見ていたら、前席にまさか多恵と柏野の姿があり、二人とも恭一と目が合った。

 ……え?

 恭一は思わず二度見をした。思わずリズムを崩してしまいそうになったが、何とか持ちこたえた。

 しかし何故来たんだ。昨日は来ないって言ってたじゃないか。

 恭一は嫌な気持ちになって来た。もしかしたらこのバンドの腕前を見に来たのかもしれない。

 確かにドラムは練習しているし、ドラムの評価を貰ってもいいのだが、メンバーの批評だけはやめて欲しかった。

 気が気でない恭一だったが、演奏は続いていく。葵は不審な恭一を見て、観客を見渡す。葵は多恵と面識があったわけではないから、多恵を見ても分からないが、恭一がふと見せた表情からすると、泰三を見たにしてはあり得ないし、母親ではないかと感づいた。

 一方泉は何だか聡がしんどそうに感じた。歌声がいつもよりも緊張が入って歌いづらそうに感じた。

 その心配は当たってしまう。間奏前に高音が続くところがあるのだが、喉と腹に力を入れて歌おうとした聡は、一気に頭の中が冷たくなったようにめまいを起こし、間奏に入った時には、力尽きるように膝をついた。

 それを見ていた恭一は直ちに演奏を中止した。葵と泉もそれを見る。恭一は聡の傍についた。

 観客がざわつく中、恭一は葵たちに動くなと、右腕を伸ばして右手を広げて止めるポーズをとった。

「大丈夫ですか。先輩!」

 聡は頭を抑えながら深く深呼吸をしている。「ああ、多分、大丈夫」その声は弱弱しかった。

 気を利かせた学生スタッフが一旦緞帳を下ろした。

 観客からは見えなくなった時に、急遽先生たちが駆けつけた。

「おい、大丈夫か?」先生は聡の肩を揺らす。

「はい、もう大丈夫です。歌わせてください」聡は倒れたときに、メガネがずれ落ちて、ぼんやりと男性の先生を見ていた。

「いや、止めときましょう、先輩」と言ったのは恭一だった。楽器をスタンドに置いた葵と泉も隣にいる。

「そうだよ、お兄ちゃん。あたしたち頑張ったじゃない。その声はきっとお客さんに届いてるよ」と、泉は今にも泣きそうになっている。

「兄貴……」と、葵も心配そうにしている。

「でも、オレはやり遂げたかった」聡は悔しそうに言った。

 しゃがんだ恭一は聡に言った。「先輩は十分にやり遂げましたよ。あれだけの観客の前で一曲半ステージで歌ったんですから。これは逃げじゃないです。オレたちが、そしてお客さんが証明してくれます。きっと、住職も見てますし、そこは分かってくれます」

 聡は「ありがとう」と、小さく言って立ち上がった。

「大丈夫か」と、先生に誘導されながら聡はステージを降りた。

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