第53話 文化祭当日 2

 休憩時間が終わって、昼からの部になった。恭一はメンバー全員集めて、体育館の指定席に座っていた。演奏するバンドたちは体育館入りしている。

 午前とはまた違った客層になった。どちらかというと若い年齢層が集まってきている。中学校の生徒たちも増えてきた。

 軽くスタッフ担当の生徒が観客に説明すると、その後に一番目のグループが緞帳を開いて演奏をし始めた。

 最初のグループはアコースティックギターで演奏する二人組だった。どちらも三年生で恭一たちのようなパンクな曲よりかは爽やかなポップ系だった。彼らもコピー曲を演奏しているし、何といっても上手い。

 恭一は左隣に座っている葵を見た。彼女は腕組みをして至って冷めた表情をしている。ただ内心は自分の演奏のことでいっぱいなのだろう。

 恭一の右隣には聡だった。彼はあまり演奏を見ていないようだった。両ひざに手を突いていかにも緊張の表情を隠せない。

 それにこの四人誰もが一言も喋らないのが緊張を促進しているように感じた。恭一は足を組んでいたが、彼も内心落ち着きがなかった。


 多恵は駅前に止めてあった自家用車を運転していた。助手席には柏野がタバコを吸っていた。

「この近くかい? 何とも凄い田舎町だな」

「田舎、田舎って言わないで。私もこの場所から出たいのよ」

「ふーん、オレは別にこういう長閑な場所も嫌いではないけどな。それで、学校はどこにあるんだ?」

「この近くよ。見えたわ」

 永尾高等学校の隣には中学校、小学校と続いている。そこの付近にだけ人々が行き来していた。

「どうやら、文化祭はやってるみたいだな」そう柏野は呟いた。

「まあね。確か駐車場は学校の隣にあったはずだわ」

 二人は隣の駐車場のパーキングに止めていた。


「いよいよ、次の番だな。控え場所に行くか」

 一組目のグループが終わって緞帳が下がったが、拍手は鳴りやまなかった。女子生徒らの歓声が鳴りやまない。

「うん」と、葵は観客に負けてしまうようなくらいの小声で、恭一を見た。

 四人はステージの勝手口から入って、恭一は一組目のメンバーとハイタッチを交わす。

「良かったですよ」恭一は親指を立てた。

「ありがとう」と、彼らは答え、即様に楽器を持って控えから去っていった。

「よし、ここでチューニングをしよう。二人はギターとベースを用意しよう」恭一は言った。

「分かった」と、泉はソフトケースからギターを取り出した。急いでチューナーを取り出して音を合わせていく。

 葵も泉の行動を見よう見まねでやっていく。恭一は葵に付き添っていた。

「泉ちゃんは演奏するまでの段取りを大体分かってるからいいけど、お前はまだ一週間だ。もしかしたらシールドを変なところに差して音が可笑しくなるんだったらまだいいけど、アンプを壊してしまったら、後のバンドたちに迷惑が掛かるからそれだけ注意しよう」

「分かった」

 葵は頷きながら答えた。今は反抗するような言葉を返すほどの余裕もなかった。

「でも、観客の人たちの照明があれほど暗かったら、何となく頑張れそう」と、葵。

「そうだ。相手は人形だと思えばいい。何か失敗したら笑ってすまそう」

「それだったら、許してくれる?」

「ああ、オレは許す。許さない奴はオレがボコボコにしてやる」

 優しいな……。葵はその言葉を聞いた時に心の中が温かく感じた。今まで恭一を観察してきた葵だったが、ここに来て何となく彼の性格が分かってきた感じがした。恭一は本当の性格は優しい人物なのに、それが嫌だったからバリアを張っていたのだ。

 何て今まで気が付かなかったのだろう。成長期だから異性に興味を持ち始めて、それに向かって性欲をむき出しになった変態男だと思っていた。いや、本当はこの性格が本来の性格だと分かっていた。分かっていたのに、変態男として蓋をしたかったのだ。

「先輩は、今は深呼吸をしておこう」

 恭一は聡の背中と胸に手を当てて、深呼吸をするように促した。聡は思い切り息を吸って吐いた。

 二組目のグループは四人バンドの三年生の男子生徒だった。彼ら曰く、高校卒業したら上京してプロのバンドを目指すという話になっている。その為、演奏は素晴らしく上手い。ただ、この実力がプロに繋がるかは、恭一は否めなかった。

 しかし、このバンドのファンたちは沢山いる。特に女子高生や女子中学生だ。何故ならルックス、演奏、パフォーマンス等、趣味の範疇を超えているバンドでもある。

 今回の文化祭で、演奏するグループの順番はあみだくじで決めたのだが、最初彼らは締めで演奏したいと申し出たのだ。どういうことなのかといえば、アンコールが出来るし、最後まで盛り上げられるのはオレたちだと言いたいのだろう。恭一としては、順番はどうでも良かったのが、担当の先生からは却下された。

 その為、この二番目というところには不服の言葉を口にしていた。

 しかし、観客が騒がしい。見ている人たちは老若男女いるのに、若者だけで埋め尽くされているようにも見える。

 ステージの横のカーテンから泉は覗き込んで思わず後ろを振り返った。

「ヤバいよ。超上手いよ」

 その目線はやっぱり恭一にすがるように見ていた。

「大丈夫だ。演奏が上手いのが良いっていうものではない。それに比べるもんじゃない。相手は宇宙人と思えればいい」

「宇宙人……」泉は手を口に押えて笑った。

恭一は泉の隣に言って、歌っている生徒を指差した。「ほら、アレが火星人だ。そして静かに弾いているベースは水星人。ドラムは木星人だ」

「それは失礼ですよ」泉は声に出てしまいそうなくらい爆笑していた。

「失礼じゃないよ。オレにはそう見えるんだから仕方ないだろう」

 そう言って、笑いあう二人を、葵は少し冷めた目で闘志を静かに燃やしていた。

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