第51話 本番前日

 文化祭前日になり、ブラボーのメンバーたちは前日のリハーサルを行った。開催場所は体育館だった。

 午前は吹奏楽部たちの演奏が始まる。午後からは軽音部たちが順番で回ってくる。ブラボーは三番目だった。

 各バンドたちは約三十分の演奏時間を設けている。しかし、ブラボーは現在三曲だけでしか出来ていないので、ブラボーだけは十五分程度で終了する打ち合わせを恭一は担当の先生に報告していた。

 参加する軽音部たちがリハーサルをする。その演奏を見ると、泉は驚愕の色を隠せない。

「上手すぎる。やっぱりあたしたちじゃ無理だよ、リーダー」泉は横に立っていた恭一にすがるように言った。

「まあ、確かに演奏の腕前は他のバンドたちの方が上手い。でも、それは練習期間が長かっただけであって仕方がないことだし。大体、みんな趣味でやってるんだから下手だったりしても問題ないさ。これがお金を取ってるんだったら厳しいけど」

「まあ、そうですけど……」

「オレはこの場所で、客席に向かって歌えるかな」いつもは多く語らない聡も、内心では弱気だった。

「先輩は楽しく歌えばいいです。大丈夫肩の力を抜いて。この二カ月ほど真剣に練習した成果を見せれば大丈夫ですよ」恭一は親指を立てて笑った。

「あたしはどうしたらいいの? あたしこそ、まだ三曲のコードも分からないんだから」葵は腕組みをして、しかめ面の表情を見せた。

「お前は、コードをしっかり覚えてたら大丈夫。それに楽譜立てを置いて弾いても良いし大丈夫。大事なのは楽しく弾くことだ」

「そうは言ってもね……」

 緊張している彼女に恭一は軽く肩を叩いた。「大丈夫だ。何かあればオレがいる。みんなもそうだぜ。オレがいるから心配すんな」

 そう恭一は落ち着かせていた。すると、聡も泉も表情が緩やかになった。

「そうだな。リーダーが言うんだったら大丈夫だ。とにかくリハーサルも練習しとかないと、本番もっと下手になってしまうから、ここは目の前に集中しよう」

 聡が鼓舞して、泉も葵も頷いた。

 葵は珍しく聡が声を掛けることが何だか違和感がありすぎて、思わず一人ニヤついていた。そうかこれが、泰三が言った聡が本来の性格なのか。そうだとすると、やはり恭一が修行に来たことは荻野家に凄まじい影響があったということだ。

 放課後の時間で一組ずつリハーサルをやらないといけないので、彼らも行った。お世辞にも上手いとは言えるものではなかった。時間の関係でブラボーは一曲でしか演奏は出来なかったが、何となく感覚は掴めていた。

 終わった後、控え場所に移動したときに、恭一は葵と泉に言った。

「二人とも、その楽器はスタジオからの貸し出しだけど、オレはそこの店員と親しいから、ボロボロになるまで練習していい。そして、お前はコードを出来るだけ覚えた方がいいな。じゃないと、折角の可愛い顔が台無しだぜ」

 少しはにかみながら言う恭一に、「相変わらず気障なこと言っちゃって」と、葵は呟いた。

「リーダー、あたしはどうしたらいいですか?」泉は少し嫉妬心が湧いて聞いた。

「泉ちゃんは速弾きを一生懸命してくれてるけど、難しかったらコード弾きに切り替えたらいい。別に格好つけなくても大丈夫だから。後はドラムとベースの音をちゃんと聴けば、キレイに聴こえるから大丈夫だ。エフェクターも貸してもらってるし、後はチューナーを持ってくれれば大丈夫。もし持ってくるのを忘れたら、オレが音を合わせるし問題ないよ。もちろん、お前もチューナーを持って来てくれれば大丈夫だ」恭一は葵に一瞥した。

「分かりました」と、泉は頷いた。

「オレはどうしたらいい?」聡は多少落ち着きのない顔つきで恭一に聞いた。

「先輩はとにかく歌えれば問題ないです。上手く歌おうと思わないで、みんなに届けるように歌えば必ず想いは伝わります。何かあればオレに頼ってください」

 恭一は最後まで口角を下げなかった。

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