第49話 和解
恭一が都会の楽器屋で新しいドラムスティックを購入した後、永尾駅に止めてあった彼の自転車を乗り、川沿いを走っていると、河川敷のグラウンドに見慣れた永尾高等学校の野球部たちが楽しそうに私服姿で遊んでいる。恭一は暫く自転車をこぎながら見ていると、ファーストを守っている人物に見覚えがあった。
――アレは、知章じゃないか。
恭一が自転車を持ち上げて河川敷の石段を下りていると、何事かと何人かがこちらを見ていた。
「いやあ、ゴメン。続けてくれ」恭一はその場所で自転車を止めて、ベンチに座った。
空は雲一つもない快晴だった。午後一時草花には黄色の金木犀がキレイに彩っている。
恭一は知章の方向を見る。彼は避けたい人物なのか、恭一を見ようとはしない。
「知章!」と、恭一が叫ぶと、ようやく彼はこちらを見た。丁度スリーアウトになって攻守交替の時だった。
彼はベンチに戻り、恭一の隣に座った。「何か用?」知章は恭一を見た。
「いや、別に何も用はねえ。でも、珍しいじゃん。お前が野球やるなんて」恭一は足を組んで、笑顔で知章に言った。
「珍しくなんかねえよ。元々、中学の時野球部だったんだ」
「え、お前、帰宅部じゃないのかよ」恭一は一年前ほどから知章が中学の時、帰宅部だったって聞かされた。
「いや、あの時は真剣に野球をしてたらダサいなと思ってな。でも、今は正直野球が楽しくて仕方ねえ」知章は笑った顔を見せた。
「もう、バンドはしないのか?」
「ああ、バンドは止めた」
「どうして?」
「元々、オレはモテたくてバンドを始めたんだ。そして、ドラムが上手いお前と組んで、そのボーカルを歌うというのがしたかった。そして、更にモテたかった」
「まあ、何となく分かってたけどな」
「もちろん、歌もギターも上手くなりたかった。しかし、どれだけ努力してもお前には勝てっこなかった。そもそもお前と組むのが間違ってた。何故なら地下のライブハウスをやった時だって、観客は大して多くはなかったけど、注目してたのはみんなお前だったじゃないか」
知章と拓也と三人でビルの地下でのライブハウスを行った時は緊張した。丁度拓也の兄が大学バンドを組んでいて、それで、一組足りないから呼ばれたのだ。もちろん三人ともチケット代を売るためにお金を払った。
いろんな生徒たちに声を掛けたのだが、結局来たのは知章の友達の男子二人だけ。それもそのはず、三人のバンドの演奏なんて昼休みに聴けるのだから。
あの時は、MCもどうしたらいいのか分からなかったし、他のバンドたちはみんな年上だったので、三人とも目上に対してペコペコしていたのを覚えている。
恭一はそれほど長くない髪だったが風に煽られ、ムースで立てた髪が一瞬折れたようになびいていた。「お前はあの時楽しくなかったのか?」
「演奏した達成感はあったよ。しかし、今日オレはお前に怒りたかったんじゃない。感謝してるんだ」
「感謝?」
「最近、荻野の兄弟とバンドを組んでから、お前は変わったよな。顔つきが真剣になったというか、リーダーだけあって頼もしくなったというか……」
それに対して恭一は何も言わなかった。
「それでさ、そのドラムに集中している時のお前の姿が生き生きしててさ。その時オレ思ったんだ。本当にやりたいことは何だろうってね」
「それが野球だったのか?」恭一はもう一度知章を見た。
彼は強く頷いた。「まあ、確かにバンドもして良かったよ。実際歌もそれなりに上手くなったし、ギターも……。でも、今やりたいのは野球かな。オレ結構多趣味だから」
すると、恭一はフフッと笑った。「お前らしいな」
「それで今野球やってるわけ。別に部活には入ってねえけど、こうしてみんなと野球をしてると、中学の時の楽しかった野球人生も蘇ってくるんだよな」
「まあ、オレはお前が楽しそうにしてたならいいよ。オレたちはあのケンカから今日まで間が開いてたからな」
「まあな。でも、オレはお前には敵わねえ」
「ドラムの実力はだろう」
と恭一が突っ込むと、知章は頭を掻いて笑った。彼のチャームポイントの八重歯が見えた。
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