第47話 葵の困惑

 とはいっても、葵は恭一の楽天的な部分や破天荒ぶりさが我慢できなかった。一体、聡や泉に対してスタジオ内でどんなやり取りをしているのだろうか。

 風呂から上がって、部屋で敷布団の上に寝転がって、スマートフォンを見ている泉を横目に葵は聞いた。

「最近、どうなの?」

「へ? どうなのって?」泉は頭にバスタオルを乗せて、きょとんとした。

「例えば、文化祭とか?」

「文化祭? ああ、クラスの出し物。あたしのクラスは綿菓子などのお菓子を作って売る話でまとまったよ。楽しみだなあ、文化祭。この学校では初めてだから」

「……音楽は?」葵もスマートフォンを取り出して、チラッと泉を見た。

「音楽? ああ、バンドのことね。そうだな、順調だよ。あ、お姉ちゃん、もしかして興味あるの?」泉はからかうように笑った。

「いや、べ、別にそんなことないよ」

「だって、顔に出てるじゃん。あたし知ってるよ。お姉ちゃんが良く顔に出る性格なの」

「それは、あんただって一緒でしょ」

「まあ、いいけど。それで、メンバーに入ろうって思ってるの?」

「思ってないわよ。もういいわよ。その話、今スマホでゲームしてたのに……」葵は何も操作していないスマートフォンをいじり始めた。

 泉は暫く葵を見ていた。「……ふーん、まあ、いいけど」


 しかし、自分は恭一に対してどう思っているのだろうか。葵は授業中にそんなことを考えていた。

 確かに小学生の時は初恋の人だった。しかし、今は変態であり詐欺師であるのだ。いや、逆にそうであって欲しい。

 いや、待てよ。もし、そうじゃなかったとしたら……。

 例えば、今は恭一も女子生徒たちにからかうことはなくなった。アレはいつからだっただろう。そうだ。榮安寺に修行僧として暮らしてからだ。

 その時に、泰三からの修行で改めて心を入れ替えて、好きだったドラムに打ち込めたとしたら、そして、セクハラを止めたとしたら。

 そう、自分の好きだった恭一に戻っていたとしたら。

 あたしはこのまま好きということを告げない方がいいのだろうか。

 葵は恐る恐る恭一を見た。彼は珍しく授業に集中している。いつもは寝ているか、教科書に落書きをしているか、女子生徒をいやらしく見ているかのどれかだ。

 珍しいなと思った。あれほどテストでも赤点ばかり取って追試している人物が、授業に集中して、しかもノートも取っている。

 何だろう。胸騒ぎがする。心改めたといえども、変わりすぎじゃないのか。

 すると、恭一は視線を感じ、葵の方を見た。目が合ってしまった葵は少し躊躇しながら、目線をノートに戻す。

 今あいつは何を思っているのだろう。まさか自分に興味があるんじゃないかと己惚れているのではないのか。

そんなことを考えていると、「荻野さん」と、英語の先生に当てられた。

「あ、はい」葵は焦った。

「次の部分、百五十ページを読んで」

「はい」と、葵は席を立ちあがって、教科書をパラパラとめくっていた。

 彼女が慌てていた素振りを見て、英語の先生は思わず首を傾げた。


 掃除の時間を終わった後は、葵はいつも真っすぐ帰宅する。この日も女子トイレの掃除を終えた後、家に帰るはずだった。

 葵がトイレ用具を片付けて、教室に戻った時に、今日は掃除当番ではない陽菜が自分の席に座って、一枚の画用紙を机の上に置いて考えていた。

「どうしたの?」帰っていく生徒がいる最中、明らかに一人浮いていた彼女に葵は声を掛けた。

「あ、待ってたよ」陽菜は葵を見たら、真剣な眼差しから緊張が抜けて笑顔を見せた。「ほら、こないだ言ってた、一生懸命何かに取り組んでいる人を描きたいって言ってたじゃん」

「あ、ああ」葵は記憶を辿っていた。

「それでさ、教室の掃除時間で誰かが熱中して物事に取り組んでいるかなと思ったんだけど、まあ、ちょっとハズレだったみたいで」

「みんな適当だもんね」葵は苦笑した。

「そうじゃないけど、あたしが描きたいものではなかった。ちょっと、美術部に一緒に来てくれない?」

「え?」

「ほら、この前、協力するって言ったじゃない」

 陽菜は口角を上げてウインクを見せた。

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