第46話 間違い
葵はあれだけ恭一のことを無視したとしても、どうしても家庭内では音楽の話になる。それは食卓の場所ではなく、寧ろ隠れるように聡と泉の二人は文化祭の話や楽曲の話をしていた。葵がいたらその話は止めて、二人はよそよそしくなっている。最初は葵もそこには触れてはいなかったが、毎日のように見ると、何だか葵も心の中で沸々と煮えたる焼きもちのようなものを感じていた。
葵は風呂から上がり、泉に風呂の報告をしようと二階に上がると、案の定、二人は葵の部屋で今日のスタジオの話をしていた。何となく葵は姿を見せようか躊躇っていた。
……何で、あたしが気を使わないといけないの?
そう不意に感情を押し殺し、葵は二人に顔を見せた。
「泉、お風呂上がったわよ」
「はーい」泉は笑顔のまま返した。
告げた後、その足で葵は一階に降りた。
葵が行った場所は父親泰三の部屋だった。彼は部屋を暗くして瞑想をしている。泰三の日課だった。
葵はその部屋のドアを横に滑らせて、叫ぶように言った。
「お父さん、瞑想中にゴメン」
泰三は葵の声を聞いて目を開けた。「何だ、葵。心が乱れてるぞ。用があるなら、ノックをしてから入って来い」彼は理性を保ちながら小さな声で諭した。
「すみません」葵は頭を下げた。
泰三は立ち上がり電気をつけて部屋を明るくした。「どうしたんだ? お前らしくないじゃないか」
「すみません。お父さん、ゴメン。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」葵はようやく感情が落ち着いてきた。
「何だ?」泰三は着ていたはんてんの袖に両腕を入れた。
「最近、泉と兄貴が随分と仲が良いのよ。多分、あいつが作ったバンドの話で、文化祭にそのバンドで演奏披露するからだと思うけど」と、ここで葵は自分でこの気持ちをどう説明したらいいのか分からなくなっていた。「あいつに騙されてるのに気づいてないのよ」
泰三は鼻から息を出して口角を上げた。「……そうか」
「お父さん、何とかして」
「いや、わしは何もやらない」そう言って、泰三は葵に背を向けるように後ろを振り返った。「葵、最近わしはもしかしたら育て方が間違っていたのかもしれないと反省してるんだ」
「反省? どうして?」葵は複雑な感情が入り混じって、それを表情に表れていた。
「何故なら、お前が言った、泉と聡が、仲が良くなったというのは良いことだと思わないか?」
「うーん、あいつに騙されてなかったら……」葵は泰三の背から目線を背けた。
「鳴尾が企んでいるのかは分からないが、わしらは元々仲の良い家族とは言えなかった。確かに、朝食夕食はみんなで囲んで取っているし、みんなで家事分担しているところは傍から見れば、団結力があり、周りからは仲が良さそうな家族に見えてたのかもしれない。しかし、実際にわしらは互いにくだけた話をしたことはない」
「そんなことないよ。あたしは泉と良くくだけた話をするよ」葵は泰三が自責の念に駆られて欲しくなくて、両手に握りこぶしを作り、彼の背に向けて言った。
「ああ、確かにお前と泉は仲が良い姉妹だ。ただ、聡はどうだ? あいつはこの何年間誰一人としても心は開いてなかったとは思わないか?」
「まあ、兄貴は難しい性格だから……」
「難しい性格? わしも鳴尾がこの家に修行させるまではそう思っていた。しかし、あいつはこの家で知らず知らずのうちに聡と仲良くなり、そして一緒にライブを行った。そして、今は泉とたわいのない話をしてる。そんな聡が難しい性格だと思うか?」
葵は首を傾げた。「うーん、どうだろう。あたしはあまり話したことないからな」
「そうだろう。あまり話をしない。いや、話すことが無かったからだ。それが次第に話をすることが面倒くさくなって、声を掛けづらくなって、難しい性格だとレッテルを張っていただけだ。もちろん聡にも原因はある。しかし、それはわしが厳しい修行を与えたからそう家族の仲に亀裂が入ったといっても過言ではない」
「それは、言い過ぎよ。だって、兄貴は今でもお父さんの修行通りに起床して掃除をしてるじゃない」
「まあ、後継ぎをするつもりなのはわしにもよくわかる。簡単にいえば、聡は厳しくさせるほどの聞き分けの悪い子だったんじゃないということだ。わしはな、母さんを亡くしてから、子供には恥のないように厳しく育てないといけないという焦燥感があった。特に長男の聡には体罰を与えた時もあった。そのやり方を間違っていたと今は思ってるんだ」
「お父さん。それだったら鳴尾を味方するっていうの?」葵は思っていた解答ではなかったことにショックを受けていた。
「味方をするというわけではない。ただ、あいつの考え方ややり方が、この荻野家をいい方向にさせてくれたことには感謝をしてる」
「感謝……。お父さん本気で言ってるの?」
すると、泰三は後ろを振り返り葵を見た。「ああ、わしは本気だ。ただ、本当にいいやつなのかは様子を見ないといけない。何たって相手は女子生徒たちに色んなことをしている奴だ。わしもそれほど柔な人間じゃない」
「まあ、お父さんがそうだったんなら、そう思ってもいいよ。でも、あたしはまだ鳴尾のことを許してないから。というか、一生許そうとも思ってないし……」
泰三は苛立ちをぶつける葵を見た。「お前は被害者だ。許すか許さないかはお前次第だ。ただ、そこにこだわり続けるのは止めといたほうがいい」
……こだわらない? こんなにイライラしてるのに?
葵は暫く睨みつけるように泰三を見ていた。そして、ため息をついて。肩を落としていた。「……分かった。様子を見るわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます