第45話 ストイックな女子

 文化祭まで後一カ月を切っていた。そろそろみんなも休み時間でその話で持ち上がっている。

 クラスではミニゲームのようなアミューズメント系をやろうという話で盛り上がっていた。

 恭一は去年もそうだったが、クラスの行事よりも自分がしたいバンドの方に力を入れていた。特に去年なんてクラスの方はほったらかしだった。総勢三十名いる生徒の中で一人くらいサボっていても問題ないし、特定の出し物をする人はクラスの出し物の参加は任意だった。

 今年はどうなのだろう。今自分はいろんな生徒から嫌われている。学校の先生、知章と拓也、そして葵などの女子生徒たち。

 むしろ交友的に思われている生徒の方が少ない。なので、協調性を求められるものがどうしても苦手だった。

「特定の出し物される方。磯井さんは美術部で部長ということもあって、そういう方はクラスの出し物の参加は任意でよろしくお願いします」

 と、担任の戸田がみんなを一瞥するように、教壇の前で言った。

 磯井陽菜という女子生徒は、今一番後ろの席にいる恭一の二つ前に座っている。背は百七十センチの長身でモデル体型の生徒だ。大人びた清楚なイメージとは裏腹に、結構自己主張も強い。恭一は半年前まで彼女の尻を触ったりしていたのだが、そこで左頬を殴られたことがある。華奢な割には意外と力も強い。

 彼女が美術部に所属しているのは一年以上前から知っていた。彼女が描いた作品が地区大会で優勝したのだ。その事で、彼女の名前は学年中で知れ渡っていた。

 その為、彼女がこの文化祭に力を入れているのは、恭一はよくわかっていた。恭一は絵画の良さが分からないが、夢に向かうのは同じようなものだ。

 休み時間になって、葵の周りにいつものように何人かの女子生徒たちが集まっていた。そこに陽菜も混じっていた。陽菜は一年生から一緒のクラスだった葵とは仲が良かった。

「やっぱり、陽菜は今年も作品を出展するんだね。凄いよ」葵は見上げるように陽菜を見た。

「今回はプロの先生も来てくれるんだよ。かなり緊張する。でもね、ここだけの話、まだ出店する作品が描けてないんだ」彼女は少し声を潜めて言った。

「どうするの?」

「こんな作品が描きたいっていうのはあるんだけどね。ただ、それにあたるモチーフが無いとダメ」

「それって、そのモチーフが無いと描かないってこと?」陽菜の隣に立っていた葵の友達の香織が聞いた。

「描かないんじゃなくて描けないのよ。あたしは一生懸命何かに打ち込んでる人が描きたいんだけどね。中々その瞬間って難しいんだ」

「それだったら、学校じゃなくて街中で仕事に打ち込んでる人だったらいいんじゃない。例えば工事現場の人なんて一生懸命仕事してるじゃん」と、葵は頬杖をついている。

「いや、あたしは高校生が描きたいんだ。せっかくの学校で行う文化祭だから……。でも、その高校生がいないんだよね」

「へえ、でも凄いよね。陽菜がそこまでストイックだったら、作品が展示されたら陽菜が尊敬する先生も喜ぶんじゃない?」

「そうなんだよ。だから協力してくれない? そんなモデルさん」

「まあ、そういう人がいたら紹介するよ」

 前のめりになって葵に顔を近づける陽菜に対して、彼女は困惑していた。

 それを二席横で聞いていた恭一は思わず苦笑した。

 ……この磯井も相当な癖が強そうだな。


 一方バンドの方は大分上達していた。泉は最初ギターを触って抑える部分も分からないままだった時に比べれば、楽譜を全て読めるわけではないが、シンザのラブビーのタブ譜を、目を粉にしてピッキングしているし、聡は大分音程が掴めて来ていた。

 しかし、泉の友達、村田友理奈は三回ほどでしか来ていない。彼女自身もそれなりに弾けているが、ベースの基本のリズムがおぼつかなかった。

「ユリちゃんはドラムの演奏を聴きながら、それにリズムを合わせたら、もっと掴めてくるよ」

 恭一はアドバイスをして、友理奈は必死で弾いている。まあ、勉強の合間に来てくれているわけだし、それに彼女はセンスがあるので、上達は早い。だが、時間は待ってくれない。

 ……まあ、いいや。オレたちは磯井陽菜のような夢を目指しているわけじゃない。

 そう思いながら、彼は吹っ切っていた。

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