第43話 恭一の将来
「どうなの、最近?」
多恵は食卓に置かれてある総菜を箸でつまみ、それを口に入れた。
「どうって? 学校ではまあ上手くいってるけど……」恭一も箸で総菜を手に取って口へ運ぶ。多恵は料理を作らないので、宅配員に料理を持って来てもらい、それらを丸い食卓の上に並べたものを二人は食べていた。
ステレオからはJポップが流れている。多恵が流行っていた曲だ。
テレビは置いてあるが、付けようとはしなかった。職業柄、多恵が観たくなかった。どうしても仕事のことを考えてしまうかららしい。
別に恭一としてはテレビを観ようとは思わなかった。後で、自室にてノートパソコンでユーチューブでも観ればいい。
「ドラムの練習は?」
多恵がその言葉を口にした時、恭一はそれが聞きたかったのかと悟った。
「まあ、練習してるよ。実際に家でも電子ドラムで練習してるじゃん。オレはこれからプロ目指していくんだから」
「でもさ、小学生とかに比べたら練習量少なくない?」
多恵は来週またアメリカの方に旅立つ。それまではドラムをそれなりに練習していれば、本気で夢を追っていると察してくれるかと思っていたのだが、実際に練習時間は毎日二時間ほど練習をしているのだが、これでも少ないと言われるのだろうか。
「やっぱり深夜に練習したら迷惑だろう。いくら電子ドラムで尚且つ消音を抑えてても」
「朝は? 朝練もあるんじゃない?」
「母さん、オレはオレのやり方があるんだよ。それにさっきもスタジオで練習したんだぜ。一日四時間はしてるんだ。平日に……」
多恵は頬杖をついた。「まあ、別にいいけど。私がアメリカの方でいろんなコネを使って、あんたをデビューさせてやるから」
その言葉に恭一は目を輝かせていた。「それ、マジ?」
「ああ、マジよ。柏野があっちでいろんな音楽関係の人たちと交流があるから、今度あんたを連れてアメリカで披露させようという話をしてるわ」
柏野と多恵は近々婚約をするらしい。恭一は柏野の姿を見たことはないが、年齢も六十近いということもあって、何となく恰幅のいい権力を持った人間だと想像する。
「マジかよ。それならやる気出たぜ」
恭一は総菜に手を突けるスピードを速めた。半分本気と半分多恵から離れたい気持ちもあった。
「あんたって単純ね」そう多恵は笑った。
恭一は洋楽のCDをノートパソコンから流して、ドラムの練習をした。一曲目を終えた時に、自分のバンドのことを考える。
泉と聡の二人はやる気になってくれている。自分もバンドのリーダーとして十一月の文化祭には出場したい。二人にはその為に軽音部に入部してもらった。残るのはベースだ。泉の友達が入ってくれれば好都合だが。
しかし、先程多恵が言った、アメリカでのドラム演奏を、披露をするという話には驚いた。柏野という人物は日本で元有名なプロデューサーだったから、アメリカでもそれなりのコネがあって多恵と一緒に成功しているのは知っていたが、まさか、そこでも交流を増やしているとは、一体この人物は何者なのだ。
泉も聡もその話をして、バンドデビューが出来るのではないのかと一瞬よぎったが、ダメだ。兄の聡は榮安寺の後継ぎだった。それに泉のギターはお世辞でも上手いとはいえない。本人もそれがしたいのかも分からないし、そこは様子を見るしかない。
しかし、二人とも自分がアメリカでそんな話題をしているのを知っていたら嬉しいだろうか。
……まあ、嬉しくはないだろうな。
恭一はドラムスティックを強く握った。その気持ちは葵にでさえも同じだった。
翌日に恭一は久しぶりに英語の教科書を見ながら、先生の話を聞いていた。
もし自分がアメリカに行くことになると、多少でも英語が話せないといけないし、もう一生日本で授業は受けることはないのかもしれない。
そんな気持ちで、久しぶりにノートに書き写していたのだが、やっぱり本来の持続間がないだけあって、ものの十分もしないで終わってしまっていた。
スタジオではベースに村田友理奈という、泉の友達が加入してくれた。しかし、やはり彼女は勉強が一番集中したいということで、あまり参加が出来ないかもしれないとのことだった。小柄でどのきついメガネが印象だった。
「大丈夫か。もし難しかったら演奏に参加しなくていいから」と、恭一はいかにも重たそうに肩から掛けるベースのストラップに彼女は、
「いえ、あたしも勉強ばっかりしてたら気持ち悪くなってくるんで、こういった趣味が欲しかったんです」
と彼女はニコッと笑った。
「オッケー。じゃあ、これで四人そろった。シンザも四人グループだ。ちょっと楽器のパートが違うけど、そこはお互いカバーし合おう」
「これでメンバーがそろったから、バンド名も決めましょうよ!」と、泉はみんなを一瞥した。
「そうだな。バンド名を決めようか。何か候補ある?」恭一は腕組みをして、みんなに聞いた。
「オレは特にないよ。変に長いバンド名じゃなかったら……」聡は言った。
「あたしは可愛い名前がいいな……」泉は恭一に懇願の目で見る。「リーダー決めちゃってくださいよ」
「そうだな。オレが寺修行に行ってからこのバンドを組んだから、テンプルなんてどうだ?」
すると、嫌そうな表情をする聡と、泉は「えー、だっさ」と、文句を言った。
「流石にダサいか……。じゃあ、ブラボーなんてどう?」
「ブラボー……。いいですね。どういう意味ですか?」
「素晴らしいとかそういう意味だ。何となく降りてきた」と、恭一ははにかんだ。
「まあ、いいんじゃないか。ブラボー」と、聡も頷いた。
「あたしもいい名前だと思います」と、友理奈も笑った。
「よし、これで、また一つバンドに力が入ったな」
恭一はそう言いながら、恥ずかしそうに持っていたドラムスティックを回した。その日も友理奈のベースの演奏を指導したりして、一切ドラムに触れないままだった。
文化祭は、出場はさせてもらうことになった。知章と拓也の二人が今年の文化祭出場は辞退したようだし、今、軽音部は部員が少なくなってきている。高校三年生はプロを目指す生徒もいるが、それ以外は大学受験等で相次いで退部していく。
文化祭までは二か月を切っていた。
アメリカに帰った多恵から一週間経った時に、恭一のスマートフォンから彼女のライン電話が鳴った。
あの後に、多恵が柏野にドラムの話を持ち込んだところ、柏野が直接恭一のドラム演奏の腕前を見てみたいと言ったようで、早速今週の土曜日に飛行機でアメリカに来て、披露してくれないかという話になっていた。
アメリカに行くなんて恭一は初めてのことだった。もちろん保護者の多恵が一旦日本に行って自宅から付き添ってくれるのだが、演奏するのは自分一人だ。しかも相手は外人だ。夢を掴めるといった希望と、その場所で本領を出せるのかの緊張もあった。後、この場所から離れるといった切なさも兼ねていた。
そんなことをスタジオの中で考えていると、泉が神妙な面持ちで恭一の顔を見た。
「あれ、リーダー。どうしたんですか?」
「え?」
「ラブビーをもう一回前奏からやるんですよね?」
「あ、ああ。そうだ。よし、やるぞ」と、恭一は両腕を上に押し上げた。
「何か考え事をしてたんですか?」泉は察したように言った。
「まあ、文化祭何番目かなって考えてた」恭一は咄嗟に嘘をついた。「よし、時間がないから行くよ」
「はい」泉は軽く深呼吸をして、ギターの前奏から始まった。
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