第42話 戻らない仲 3
スタジオ代は恭一自身、三人分支払おうと思っていた。しかし、聡も泉もそれは止めて欲しいということで、三人で折半ということになっている。だけども、恭一は泰三から二人へ月のお小遣いをもらう額を知っているので、今までの貯金をはたいてスタジオに行くという行為が申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
……すまんな。オレが考えた計画に付き合ってくれて……。
と、何度も言いかけそうになった。しかし、彼らがいつも約束通りの時間に来てくれることは、楽しんでくれているという考えにすり替えていた。
実際に泉は楽しそうに弾くし、聡は徐々に声が出るようになってきた。これが人前で歌えるかが、また問題になるのだが。
一方の泉はシンザのラブビーの前奏の速弾きにこだわっていた。
「リーダー見てください」
と言っては、ラブビーの楽曲を流しては、速弾きの部分でいつも引っ掛かってしまう。泉は「どうですか?」と、目を輝かせて、恭一を見る。
「いいよ。確実に上手くなってる。でもさ、オレはどちらかというとリズムに凝って欲しいんだよね。そういうテクニックも大事だけどさ。やっぱり歌い手が歌いやすくしてほしいんだ」
「うーん、いじわるー」
と、口をとがらせる、泉。まあ、楽しくできているのであれば問題ないか。
「まあ、でも、練習してるのは分かるよ。日に日に上達してない?」恭一は半ばお世辞を使う。
「そうでしょ。だって家に帰ったらひそかにエアギターやってますもん」
エアギター? そう想像すると、恭一は思わず笑った。
「あ、笑わないでくださいよ。これ、結構練習できるんですから」
「ゴメン。斬新すぎて、返って人並み以上の才能があるかもしれない。オレは泉ちゃんの練習に掛けるよ」
「掛けてみてください」そう言って、泉も笑う。
恭一は笑いながら、聡を見る。彼はこの前ユーチューブで音程の取り方を勉強して、その音のキーを同じ高さの発声練習をしていた。
「先輩、お手伝いします」恭一はスタジオにある、ピアノを弾く。
「この音、分かりますか?」恭一はドの音を出している。
そこに聡は「あー」と、丹田の部分を両手で押さえながら、腹から声を出す。
「そうです。いい感じ」恭一は親指を立てた。
それから、聡は恭一が弾くピアノの音に音程を合わしていった。一方泉もラブビーの最初のフレーズをコードで弾いて、聡が最初のフレーズを音程が狂わずに何度も練習に付き合っていた。
そういった中で二時間はあっという間に過ぎていき、恭一はドラムが出来る時間帯が無かった。
スタジオを出た後に、会計に向かう前に待合室の席に座った。
「二人とも十一月の文化祭まで大分練習してるし、このまま行けば完璧にできる」恭一は椅子に座った途端に、二人を見ながら言った。
「本当に行けますかね? あたしなんて速弾きもまだ出来てないのに……」
「何、ギターは速弾きが全てじゃないし、上手い下手じゃないから。大切なのは楽しく弾くことさ」
「そうですよね」泉は両手を組んでまるで祈っているかのようなポーズを取り、目をキラキラしていた。
「先輩もそれほど真剣にやりすぎなくても、それなりに掴めていくと思いますから」
「ありがとう」聡はメガネの真ん中のフレームを人差し指で動かし、足を組んだ。
「しかし、問題はベースだよな。低音でリズムが無いと狂ってしまう」恭一は腕組みをした。
「それだったら、誰かベースをやってもらわないといけないですよね。お姉ちゃんは無理かなー」泉は頭上を見上げて顎に人差し指を抑えて考えていた。
「あいつは無理だろう。音楽の音も聴きたくないし」
「まあ、そうですね」泉は後頭部を掻いた。
あいつが加入したら、みんなやりづらくなる。恭一は苦笑いを見せながら額の汗を両手で拭った。
「先輩は誰か音楽に興味ある人っていないですか?」恭一は聞いた。
「いないな」彼は即答で答えた。
「泉ちゃんは?」
「一人だけやってくれそうな子がいますけど」
「もしかして、こないだ一緒に来てくれてた子?」
「ああ、そうです。でも友理奈は勉強熱心だし、実際に勉強が好きな子なんで。でも、優しいから引き受けてくれるとは思いますけど……」
「まあ、一回声掛けてくれたら助かるな。けど、その子が勉強がしたいのであれば、そっちを優先させてあげた方がいい」
「分かりました、リーダー」
泉は右手を額に持っていって、啓礼のポーズをとった。
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