第41話 戻らない仲 2

 安岡先生は根っからの熱血であり、若い者のお手本になる為に、週に一回はジムに通っている。ただ、細かいことまで言わないと納得しない人ではあるし、彼自身も細かいことを言う性格であった。

 安岡は老眼のメガネの真ん中のフレームに、人差し指でメガネを調節していた。

「事情を説明してもらおうか」安岡は半袖のTシャツにジャージ姿で、自分の席の椅子に座りながら腕を組んだ。「バカにしたということは、誰をバカにしたんだ」

「荻野先輩です。三年生の……」と、恭一は立ったまま安岡を見下ろすように言った。隣には知章がまだ頭が痛いのか右手で後頭部を抑えている。

「荻野……」安岡は一息吸いながら呟いた。あんまり知らなさそうな雰囲気だった。

「まあ、人見知りの人なんで、もしかしたら先生はあんまり知らないかもしれないですけど、兄弟三人とも永尾高校に在学してまして……」

「ああ、お姉さんの方は知ってる。妹はあまり見覚えないけどな」

「それのお兄さんです」恭一は身を乗り出した。

 安岡は軽く咳払いをした。「……まあ、とにかく。その人をバカにしたということで怒ったということだな。注意くらいで良かったんじゃないのか」

 何で親でもないのに、ここまで説教されるんだと、内心恭一は不快に思った。本当に安岡に捕まると面倒くさいのだ。

「そうだ。軽はずみで言ったオレも悪いけど、明らかに暴力を振るったのはお前だからな」安岡が仲裁に入っているのをいいことに知章は恭一に向かって言った。

 すると、後ろから背の高い若い男性の先生が恭一を見ながら絶句して、安岡に耳打ちをした。二人は何事かと固まっていた。

 安岡はまた軽く咳払いを見せた。「とにかく、鳴尾も森友も注意しろ。な?」

「あ、はい」二人は同時に答えた。

「じゃあ、そういうことで。下がっていいぞ」安岡は頭の後ろに腕を組んだ。

「あの、事情は分かったんっすか?」知章は安岡に迫るように言う。

「ああ、分かったし、二人の仲が収まったのならいい」

 恭一は何となく若い先生が何を安岡に言ったのか察した。そして、そのまま教室を出た。

「あ、おい、鳴尾。先生、あいつ教室に帰りますよ。呼び止めないんっすか?」

「何を言ってるんだ。終わったと言ってるだろう。森友は一応保健室の先生に診てもらえ」

 そう言われて知章は意気消沈して、ようやく職員室から出た。


 恭一は教室で自分の席に座って目を閉じながら腕組みをした。

 どうやら、多恵が日本に戻っているという話が行き届いているらしい。

 恭一は葵を見た。彼女はいつもと同じように窓際で女子生徒たちと楽しい談笑をしている。

 葵が公に話したのだろうか。あいつが話すことでみんなから鳴尾恭一という人物に近づかない方がいいとでも考えているのだろうか。

 恭一はそう思案していると腹の中で沸々と煮え切らないくらいの怒りがこみあげてくる。

 しかし、その事を問いただしたとしても、怒りを露わにしたとしても、この計画を立てたのも実践に移したのも自分自身だ。

 恭一は机の上で両腕を重ねてそこに頭を置いて、葵と逆の向きになって自嘲して苦笑した。

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