第40話 戻らない仲

 二学期が始まり、休み時間に、恭一は葵が何か話しかけてくるかなと思っていたのだが、彼女はいつものように女子生徒たちと談笑している。一度恭一に近づいた時があったが、それは教室を出るときに、恭一の近くに来ただけであった。

 ……完全に避けられてるなと感じた時は、居たたまれなくなった恭一が葵に話しかけた時だ。

 トイレから出た後に廊下に彼女が一人で歩いているときに、恭一は手を上げて笑顔を作って話しかけた。

「よう」と、言ったのだが、彼女はわざと無視をして通り過ぎた。

 その時、恭一は怒りを覚えた。「おい、ちょっと待てよ。無視するのかよ」

 すると、彼女は後ろを振り返った。「無視して悪いの? あんたみたいな結局母親にせがんでウチの兄弟を滅茶苦茶にして。言っとくけど、あたしは兄貴や泉とは違って、あんたの術には全然効かないから!」

 そう葵は手を腰に当てて、恭一を睨んだ。今までの気の強い葵が、更に勢いを増している。

 恭一は、「あ、そう」と、不貞腐れたようにいい残して、二人とも別れた。

 ……泉ちゃんとは違って、あいつは素直じゃないから、本当に嫌いだ。

 その気持ちを次の国語の時間帯の時に、貧乏ゆすりをしながら、ずっと嫌悪していた。


「先輩も来てくれたんですね」

 恭一は昼休みの音楽室でドラムを叩いて、泉がギターを肩にかけていて演奏していた。他に軽音部の学生たちがいたが、最近恭一はドラムを独占するわけではなく、後輩に譲っては、自分はタンバリンを叩いたりしていた。

 その為、「鳴尾先輩、ここの演奏はどうやるんですか?」と、一年生から声を掛けられることが多くなった。恭一は譲ったりすると、好かれるということは何となく分かっていた。しかし、今までは知章や拓也たちと同じように、自分が優先という気持ちと、何となく気づかいを見せるのが嫌だった。

 しかし、今は葵には嫌悪していたとしても、半分は恋心を持っている。それがじれったくて無理矢理蓋をしているが。

 でも、葵に対してはノリではあったとしても、性加害をやったことは反省しているし、これから挽回させなくてはいけない。

 今日は、恭一はドラムを叩く予定だったので、葵にギターを教えながら演奏をしていた。

 ちなみに演奏曲はシンザのラブビーという楽曲で、当時ではかなりの売り上げと記録したシングル曲である。

 楽曲はみんなで決めた。ただ、決めたのは二日前のスタジオでだ。

「この曲、結構ギターが難しいですよね」泉が恭一に言う。

「大丈夫だ。コードさえ覚えておけば、後は出来る出来る!」

 と、恭一は笑ってそのスタジオは終わったのだが、

 今日恭一がスティックを、四回リズムを刻みながら叩くと、最初のギターのアルペジオで何度も泉が失敗する。

「すみません」泉は机の上に置いてある楽譜を見ながら、頭を下げた。

「大丈夫だよ。別にそこ使わなくてもいいから、コードで弾いてみてごらん」と、恭一はとにかく前奏を弾いた後、聡に歌わせたかった。

「ちゃんと、ドラムのリズムを聴くんだ。いいな?」

「はい、リーダー」と、泉は目を輝かせながら恭一を見る。

 恭一はスティックを四回叩いて、バスドラムやスネアドラム、ハイハット等のリズムを刻んだ。

 泉は楽譜を見ながら、ギターをストロークで弾いていく。ワンパターンだが、リズムは正確だ。恭一は頷いた。

 そして、前奏を聴いていた聡がようやく歌いだした。一応、彼なりにカラオケを通って、音痴を直そうと努力をしているみたいだが、まだまだ、音程が外れていた。

 Aメロまで歌うと、「下手くそー」と、声が聞こえてきた。恭一がその声を追うと、そこには知章と拓也がいて、知章が叫ぶように両手を口元に当てて山彦に叫ぶようなポーズをとっていた。

 思わず聡がそちらの方に気を取られて、慌てて音程を取ろうとするのだが、余計に音が外れていく。

「ちょっと、先輩。すみません」と、恭一はそこで演奏を止めた。

「あ、ああ」聡は自分が音痴だと自覚しているので、みんなの前で歌うことに戸惑っていたので、挙動不審な行動になっていた。

 恭一はドラムスローンを降りて、ずかずかと知章の前に来た。

「何だよ。何か文句あんのか?」恭一の睨みつける目に対して、知章はうろたえていた。

「お前、人のバンドにいちいち口出しすんなよ」そう言って、恭一は知章の胸倉をつかんだ。

 周りの生徒たちは何事かとざわついている。

「本当のこと言ってるんじゃん。それが何か悪いのかよ」

「悪いよ。お前は今一人プライドを傷つけたんだ」恭一は知章のシャツをしわくちゃになるまで、力づくで彼を持ち上げるくらい、彼の顔を近づけた。

「おい、鳴尾、暴力は止めろって」と、隣にいる拓也は少し心配そうに見る。

 すると、恭一は拓也を睨みつけた。「何だよ。お前はこいつに加担するのかよ!」

「どっちにしろ、暴力沙汰になると、先公たちも黙ってられないぞ」

「うるせえ」と、恭一は知章の握りしめていたシャツを投げ飛ばした。知章は尻餅をつきながら傍にあった机に頭をぶつけた。

「痛え……」と、彼は頭を抑える。

「おい、お前たち、何をやってるんだ」

 そこで、体育の先生、安岡がやって来た。五十代だが筋肉質で、恭一と殴り合いになれば勝つだろう。

 そこで、恭一は黙ったまま色黒の安岡を見た。

「鳴尾、これはどういう事だ。どうして森友が倒れてるんだ」そう安岡は慌てた様子で恭一を見る。

「こいつが人をバカにしたんですよ」恭一は息を切らしながら、知章を指差した。

「だって本当のこと言っただけじゃん。何ムキになってんの」

「うるせえ。もっと痛い目に合いたいのか」

「おい、二人とも、止めろ」安岡が間に入って止めた。

「とにかく、後で職員室に来い。事情を聞かせてもらおう」

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