第39話 世代交代
泉は晩御飯を食べた後、泰三に言った。
「ゴメン、お父さん。お姉ちゃんから話は聞いたけど、まさかこんなことになるなんて……」
「いいんだ」泰三は泉と聡を交互に見て言った。「お前たちのやりたいことをやりなさい」そう言った後、泰三は隣の本堂の部屋の方に行く。
葵も泰三を心配そうに見ていたが、彼はそれまで威厳を保っていたのが嘘のように、背が曲がり、覇気が無いように見えた。
泰三は本堂の電気を付けて、洋子の位牌とその飾ってある写真を見ながら、鈴を二回鳴らした。
「やっぱり、お前がいないとこの寺はダメになってしまったな」
そう小声で言う泰三。子供には弱音を聞かせたくなかった。
泰三は洋子が生きていた時には、よく弱音を彼女に吐いていた。元はというと、それ程威厳があったわけではない。ただ、誠実で優男だった。しかし、その優しさが仇となっていたのではないかと疑っていたのだ。
「あなたは自分の奥底には、もっと強い信念があるから、大丈夫よ」
解決に至らなかったら、彼女はいつもこの言葉を投げかける。それは適当に解決したいわけではなく、彼女の本心から言っているのだろうとは、彼女の人を見抜く能力に長けていたことを泰三は知っていった。
そう言われ続けて、どうにか夫婦で子供を三人ある程度まで育ててきた。しかし、彼女が病気でこの世から去ってしまった時、どうすればいいのか分からなかった。
ショックを受けて、暫く寝込んでいた。親戚は気掛かりで仕方がなかったに違いない。実際に榮安寺に訪れては泰三に子供らの話を交えたこともある。
そんな中で、泰三は何かに吹っ切れるように子供たちに厳しくなっていった。しかし、それは亡き洋子の寂しさを紛らわせる為でもあり、奥底に眠っている本当の能力に出会いたかった。
もちろん、今の時代子供たちに究極に追い込むことは禁句だったのかもしれない。しかし、子供たちには恥じることのなく育ってほしいという気持ちもあった。それはこの写真から洋子が見ているように、いつでも完璧な父親ではないといけないという焦燥感に掻き立てられていた。
子供たち、特に聡には厳しくさせた。子供たちは誰一人、物わかりが悪いのはいなかった。泰三は聡が素直な性格だと彼が小学生の頃から見ていた。見ていたからこそ、その素直な性格を守りたかった。自分の手中に収めていたら、彼は難なく育っていくに違いないそう信じていた。
もちろん、葵も泉も同じだった。聡に比べればある程度、緩和した育て方だったが、それでも住職の子供として恥じることのなく育てたつもりだった。
泰三は何度もため息をついた。自分の育て方が間違っていたのだろうか。
「なあ、この時、お前ならどうするんだよ……」
洋子の写真を見ながら呟いて、泰三は心のモヤモヤをすがっていた。
泉が風呂から上がり、自分の部屋に入ろうとしたら、胡坐をかいていた葵がそこにいて、彼女は一瞬部屋を後にしようと躊躇したが、葵が彼女を見上げながら言った。
「待ってたよ、風呂から上がってくるの」
「あ、うん」泉は落ち着きがなく、白いバスタオルで濡れた髪を拭いていた。
「ま、座りなよ」葵は正方形の青色で白い花柄が付いてある座布団を泉の前に置いた。
「うん」泉は何を言われるか何となく予感がして、一気に緊張感が高鳴った。座布団の上でぺたん座りをして、彼女と向かい合った。
「今日のお父さんと鳴尾のおばさんのケンカでの話だけどさ。あたしからも泉と兄貴には何も言うことはないよ」
「言うことはない?」泉はバスタオルを傍に置いて姿を現した。
「つまり、あんたたちの好きなようにしたらいいってこと」
「うん、ありがとう」
泉はもしかしたら、葵からの説教が始まるのだと覚悟していたのだが、予想とは裏腹な発言だったので、内心安堵の気持ちでいた。
「ただね、この家では楽器は弾かないで欲しいの。やっぱり近所にも迷惑だし、お父さんは何も言わないけど、どうしても心残りがあるから……」
「分かった」
泉は即答で返事をしたのだが、それだったらスタジオで練習をしないといけない。お金が随分と掛かってしまって練習できないのではないのかと不安がよぎる。
「そうなると、多分スタジオで練習ということになるじゃない。その時はあたしに電話するなり、お父さん……。まあ、楽器演奏という話をあんまりお父さんにしない方がいいかもしれないから、あたしに電話してきて、何時まで練習するって」
「門限はちゃんと守らないといけないよね」
「まあ、門限は七時までにしよう。そうじゃないと晩御飯をみんなで食べれないから。言っとくけど、お父さんはあの通り今は意気消沈してるから、正直あんたたちが夜遅くに帰って来ても何も言わないかもしれない。けど、あたしは違う。やっぱり家族で行ったしきたりだし、それが兄貴に対しても注意はする。とにかく、言い方悪いけど、あんたたちは裏切り者から、これからはあたしのルールに従ってもらう」
葵は感情を入り混じりながらそう告げた。真剣な眼差しから、泉はやっぱり姉には敵わないなと痛感した。
「分かった。ありがとう」泉は内心葵に圧巻しながら、負けじと肩を縮こまって、真剣な眼差しで葵を見た。
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