第37話 計画2

 翌日の昼間に泉から電話があって、恭一はコンビニの中で電話をした。

「おう、どうした?」

「昨日の件なんですけど、お兄ちゃんと話をしたら、やってみたいということで、話を終わったんですけど。あたしたちは何かをしないといけないんですか?」

「ううん。別に君たちは何もしなくていい。ただ、家庭で更にヒビが入るかもしれないけどいいのか?」

「大丈夫ですよ。もうヒビが入ってます。それにお兄ちゃんだって、いつまでもお父さんの言われるがままになって、結局お互い良くわからないまま親子の関係を続けてるなんて良くないことだなと思ってますし……」

「まあ、二人がそう答えを出したのであればやってみる。その代わり、絶対に成功させような。文化祭は十一月だ。今週には二学期が始まる。そうなると後、約三カ月だ」

「でも、そのお父さんにバンドの許可を取るのには時間が掛かるんじゃないですか?」

「まあ、オレに任せろ」恭一はコンビニから見える、電車の線路を見ていた。


「久しぶりね。もう一年ほど会ってないわね」

「まあな」

 恭一は母親多恵が運転してきた車の助手席に座った。永尾駅での待ち合わせである。

 多恵は一年前とは少し変わった。若干化粧が濃くなった印象がある。もしかしたら疲労がたまっているのかもしれない。だが身体はそれとは裏腹に横に広がっていた。五キロくらいは太っているんじゃないかと恭一は推測する。

 多恵はこの街ではかなりの威厳を保っていた。当時から自分という信念を持っていた彼女は、恭一が学校で何か問題を起こしていたら、それを火消しするのは彼女だった。また、学校もいうことを聞かないと仕方がないくらい面倒な女性だし、多恵もこの街で育ってきたということから、ある意味彼女にヨイショしている部分はある。

 その上、芸能人である。日本の時でもマスコミに色々な騒動を起こしていたのに、アメリカに行くほどの野心の高さ。元々、アメリカに行きたい気持ちが昔からあったので、念願の夢は叶ったのだ。

 しかし、強情で我儘な彼女に対して、巷でもいい評判はなかった。その為、一人息子の恭一と関わらない方がいいと言われていたのだ。恭一自身がそれをよく感じ始めたのが、中学に上がる前だっただろうか。

「どう、そっちは?」多恵は路肩に止めてあった車を、また発進させた。

「まあ、ぼちぼちだな」

「学校は?」多恵は横目で恭一を一瞥する。

「まあ、ぼちぼち」恭一はコンビニで買ってきた、スナック菓子の袋を開けた。

「ぼちぼちばっかじゃないの。友達は? 勉強は?」

「友達って知章たちのこと? あいつらとはしばらく会ってないな。ちょっといろいろあってさ。でも、別のダチが出来てな」

「別の友達? へえ、最近出来たの?」

「まあね。母さんには、ラインでは話をしてなかったけど、オレ、最近ドラムには意欲的でね。結構練習してんだ」

「え、そうなの?」多恵は素っ頓狂な声を上げて、思わず笑みが浮かんだ。

「ああ、知章たちとバンドをしてたんだけど、解散みたいな感じになって。その理由は楽器を演奏したいっていう兄弟がいて、オレがバンドを立ち上げたんだ。最初は趣味程度に思ってたんだけど、二人とも凄く努力家でオレも本気でドラムを取り組みたいと思ってきたんだ」

「それは良いことね。ドラマーになろうと考えてるの?」

 多恵は嬉しそうな気持ちが身体に現れて、思わず恭一を見た。

「母さん、前見ないと危ないよ」

「あ、ゴメン。それで、どうなの?」

 多恵が今でもドラムに力を入れてプロドラマーになって欲しいのは、恭一はよくわかっていた。願わくはアメリカでなって欲しいというところだろう。何故なら多恵の性格は身内、特に味方には傍にいて欲しいという性格だ。強いといわれている多恵だが、所詮人間だ。一人だと寂しい気持ちがある。

 傍に一番いて欲しいのは、一人息子であろう。

 恭一はプロドラマーとしてなりたいかといえば、無論なりたかった。しかし、プロドラマーなんて一握りであるということも承知だった。

「もちろん、プロドラマーとしてなってみたい。だけどな、一つ大きな問題があるんだ」

「何、大きな問題って?」

「そこの兄弟がお寺の住職の子なんだ。お兄ちゃんは後を継ぐんだけど、そこのお父さん、住職さんがやたら厳しいんだ。マナーはもちろん、趣味の楽器演奏も音楽鑑賞もダメらしくて、こないだなんて、一緒にレゲボのライブに行ったんだけど、それだけでも怒られる始末だぜ」

「何、そこの家庭、頭おかしいんじゃないの?」と、前を見ながら運転をする多恵。

「母さんもそう思うだろ。そうなんだよ。だから、そこの兄弟がいつまで経っても楽器演奏の練習が出来ないんだ」

「難しいわね。家庭の問題って……。恭一は別のことバンドを組んだらいいんじゃない?」

「母さん、オレはその兄弟と組みたいんだよ。オレと同級生の女子で荻野葵って知ってる?」

「うーん、知らない」彼女は即答で言った。

 ……まあ、息子が一番の多恵らしいな。恭一は思わずズッコケそうになった。

「まあ、その同級生の荻野の兄貴と妹なんだけどな。やっぱりその二人じゃないと、オレはドラムにも力入れようと思わないんだ。逆に二人だったらオレはプロドラマーとして頑張ろうと思う」

「ちょっと待って。これって、こっちが家だっけ?」

 彼女の車は駅から遠く離れた田舎道の場所まで来ていた。多恵は左の道を指差した。

「ああ、右の方に行ったら、母さん帰れないよ」

「ゴメン。それで、その二人と一緒にバンドをしたらプロドラマーになるって言ったわよね。それは約束できる?」

「ああ、ただ、実力勝負だから、結局成れないこともあるだろう」恭一は両手を広げた。

「その時はその時よ。練習をするんだったら、母さん、一言その住職さんだっけ? 話を付けてやるわ」

「ああ、電話番号も知ってるから、母さん頼むよ」恭一は両手を合わせて擦り拝むポーズを見せた。

「任せなさい」

 多恵は白い歯を見せて笑った。一方恭一は表情には表れなかったものの、内心ではしめたと思いながら、しばらく放置していた、スナック菓子を一つ手に取り、口に頬張った。

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