第36話 計画

 恭一はその過去の記憶を辿っていた。そういえばそんなこともあったな。

 しかし、両親を大事に思っている葵だからこそ、手の掛かる父親を今でも大切に想っているのだろう。

 だからといって、子供たちを束縛していいというものでもない。葵自身も過干渉な部分がある。そこは父親と似ているのだが。

 恭一は河原で遊んでいる小学生たちを見た。相変わらず彼らは何も縛られていないようにはしゃぎながら必死に虫取り網でセミを取ろうとしている。

 聡も泉もあんな気持ちから奪ってしまっていいものだろうか。

 その時、恭一のポケットからスマートフォンの着信音が鳴った。

 誰からだろうと思っていたら、母親の多恵からだった。毎週一回はラインを送ってくるって話を恭一は忘れていた。

 まだ二学期まで数日ある。何もすることないから、母親とのラインのやり取りを付き合ってやるかと思って、メッセージを見たら、思わず目を疑った。

『恭一、元気? お母さんアメリカでの仕事をお休みして、しばらく日本へ帰ってきます』

 日本に多恵が帰ってくるなんて、一年ぶりくらいだろうか。恭一はメッセージを返した。

『オレは元気です。アメリカの仕事を休んで、日本に帰ってくるなんて珍しいじゃん』

 すると、ものの数分で返信が返ってきた。

『アメリカでもそこそこ忙しくなったから。ここで十日間ほど休もうと思ってね。あんたのことも心配だし、学校は上手くいってんの?』

『ちゃんとやってるよ。勉強もそれなりにしてる』

 本当は全然やっていない。しかし、多恵の方も敢えてドラムの話をしなかった。何故なら、元々夢だったドラマーを恭一は中学からやらなくなったことに注意して、ケンカになったからだ。

 それから、電子ドラムは二年間物置小屋に置かれていた。あの時は本当にドラム楽器を見るだけでも壊したくなるほど上達しなかったし、コンクールで審査が通らなかったときのことを思い出させる。

 今は趣味としてやっているだけなので、もうあの時のようにノイローゼになっていない。電子ドラムも物置から引っ張り出して部屋に置いているが。

 それから、多恵は暫くメッセージを返すことはなかった。どうせ、彼氏の柏野の方に向いているのだろう。

 でも、考えてみたら母親が日本に帰ってくるのなら。あのことを言えば……。

 恭一はあることを閃いて、可能性を思案していた。


「あたしは大丈夫ですよ」

「そうか、大丈夫だったらいいんだ」

 次の日、恭一は自分のスマートフォンからラインで泉に電話をした。昨日でも連絡を取りたかったのだが、あの騒動の後に電話をするなんて泰三からしてみたら不謹慎極まりない。

 それに、あの後泉と聡に対して相当な罰を与えている可能性もあると予感はしていたので、敢えて、連絡は明日に回そうと思っていたのだ。

 一応泰三が瞑想している時間、昼の二時くらいに彼女に電話をしたのだが、その時はコールのみで終わり、泉から掛かってきたのは夜の九時頃だった。

「先輩は?」

「お兄ちゃんも大丈夫ですよ。あたしたちはいっても実の父親に叱られただけですから、それに自分と向き合う反省もそれほど苦ではないし……。鳴尾さんはどうですか?」

「オレは別に大したことじゃない。オレも榮安寺にはお世話になったから、本当はキレイに去りたかったけど、こればかりは仕方がない。こうなることも予想してたからな」

「あたしたちは色んな体験をさせてもらいましてありがとうございました」

「おいおい、ちょっと待ってくれ。電話をしたのはただ心配だからしたわけじゃないんだ。それに、音楽活動はまだ終わったわけじゃないぜ」

「でも、お父さんには監視させられてるし……」泉は小声で話をしている。

「オレたちがやりたいことを成功したら、きっと住職も喜ぶはずだ」恭一は自分のベッドの上で胡坐をかきながら言った。

「無理ですよ。そんなことどうやって行うんですか?」

「オレに考えがある。しかし、このやり方だったら、秋の文化祭まで……。いや、もしかしたら春まで君たちは父親と険悪になるかもしれないけど」

「どういう事ですか?」

「まあ、最終的には溝は埋まると思う」

「思うって……」

「住職に伝わるくらい、俺たちがバンドへの情熱があればだけどな。まあ、あんまり話すとお姉さんにも聞かれてしまうから、その話をしたかっただけ。もし、君たちがやりたいのであればそれを実行する。オレ自身としてはやってみたいことなんだけどな」

「はい」

 泉の返事は最後まで内容が良く分からない返事で終わった。

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