第33話 戸惑い

「で、何て言われたんですか?」泉が恭一に言う。

「まあ、注意しろよって言われた」恭一は泉と聡に対して笑った。

「本当かよ」聡は腕組みをして恭一を不審に見る。「親父のことだから、ふざけるなとか言ったんじゃないのか?」

 流石に泰三と十何年も接している二人なのだから、当然泰三の性格なんてすぐに分かる。

 三人はホテルの方に歩いていった。駅からホテルまでは五分少々。ビジネスホテルだがそれなりに完備されている。ロビーも暗くなく、いたって普通のホテルだ。

 彼らはホテルに入って、スタッフに声を掛けて、そのまま止まっている七階までエレベーターで上がった。

「確かに、住職からは感情的に言われた。しかし、大丈夫だ」恭一は一人ぽつりと言った。

「何が大丈夫なんだよ」と、聡。

「オレが付いてる」恭一は二人を見た。

 泉も聡もしばらくは黙っていたが、「そうですよね。バンドのリーダーが言うんだったら、間違いないよ。お兄ちゃん」

 聡はエレベーターから降りてから、自分の部屋の鍵をポケットから取り出すと、フフッと笑った。

「そうだよな。オレたちにはリーターが付いてるもんな」

「そうですよ。頼っちゃっていいんで」

 と、恭一はウインクをした。

「よし、泉ちゃんもオレらの部屋に来て、レゲボのライブの感想でも話そうぜ」

 恭一が誘って、泉は「うん」と、頷いた。泉も心の中の不安を必死で消そうとしている。

 それから、三人は就寝時間を通り越して、十二時までリンゴジュースが入ったペットボトルを片手に話をした。

 レーゲンボーゲンのライブの話から、バンドの話。ヴォーカルは聡に決定したこと。そして、三人では寂しいから四人でデビューをしようという話をした。

「でも、四人だったら、お姉ちゃんが加入できたらいいよね」と、泉は体育座りになりながら目がうつろだった。

「本当だったらな。でも、あいつは音楽には興味が無い。寧ろ毛嫌いしてる。学級委員みたいな人間だからな」と、恭一。

「お姉ちゃんを説得出来ないんですか?」

「あいつは泉ちゃんのギターでさえも止めて欲しいと言ってるのに。しかも、空いてるのがベースだぜ」

「ベースがダメなのかよ?」聡はジュースを飲み干した。彼も目がうつろになっている。

「ダメじゃないですよ。でも、あの大きな胸だけでも肩こりそうなのに、ギターよりももう一回り重いベース背負ってたら、間違いなく肩凝るぜ」

「お姉ちゃんには優しいんですね」悪戯っぽく泉は笑う。

「うるせえ。もう、お開きだ。深夜回ってるんだから。泉ちゃんも自分の部屋に戻って」そう言って恭一は立ち上がった。

「はーい。あんまり寝たくないんだけどな」そう言いながら、ゆっくり泉は立ち上がる。

「ダメだって。君はあんまり精神が強くないから」

「それだったら、一緒に寝ましょうよ」

「またまた」

 そう言いながら、恭一は泉が部屋を出るように促す。後ろから聡がどう思っているのかが気になっていた。

 廊下に出ると、ぬるい空気に包まれていた。どうやら廊下は冷房が効いていないらしい。

 隣の部屋のドアを泉は開けると、廊下に立っている恭一を見た。

「じゃあ、また明日な。八時に起こしに来るよ。おやすみ」と、恭一は手を上げて口角を上げた。

 すると、泉は勢いに任せて、恭一の首元を両手で抱きしめて無理やりキスをした。

 恭一は驚愕して、泉を見る。彼女は目を閉じている。冷えたリンゴジュースのひんやりとした感触が恭一の唇を伝わっていく。中学の時に一回キスを交わしたことがある。その感触よりも何となく柔らかい感じがした。

 十秒くらいだろうか。ようやく彼女は恭一から唇と首元を解放した。

「鳴尾さん、いや、恭一さんはお姉ちゃんが好きかもしれません。……でも、あたし、負けませんから」そう恭一を見ながら、手を振ってドアを閉めた。

 バタンと音が締まった後、恭一は暫くどうしたらいいのか分からないまま、一階のロビーに向かって自動販売機でペットボトルの水を買って、呼吸を整えてからペットボトルのキャップを開けて水を一口飲んだ。


 ホテルのバイキングで朝食を取ると、その後、十二時までには榮安寺に到着しないといけないので、急いで三人はチェックアウトをして、都会の満員電車に乗り込む。

 何度も乗り換えをしていく度に、席に座れたので、座った途端、聡はうとうとと眠りについていたし、泉なんて恭一の右肩にもたれかかって爆睡していた。

 本当にこの子はあざといというかなんというか……。

 恭一は思わずはにかんだ。

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