第32話 亀裂
「どうして、ウソなんてついたのよ」
「それは、二人にレゲボのライブに連れて行きたかったからだ」
駅から離れたコンビニの中で恭一は葵と電話でやり取りをしていた。泉と聡は駅の前でコンビニのガラス越しで話をしている恭一を一瞥しては待っている。
二人には聞いてほしくなくて、恭一は敢えてコンビニでジュースを買ってくると言って二人に待ってもらった。何故なら、ここで葵と泰三から怒号の声が響き渡って、二人が行ったことを後悔してしまうと、せっかくの楽しいはずのライブが台無しになると思ったからだ。
「レゲボのライブって、二人に興味があるの?」
「あるよ。泉ちゃんはギターを最近やったって言ったじゃん。それに、先輩も昔からレゲボのファンだって、お前も言ってただろ」
「確かに言ったけど……。兄貴なんてお父さんと秤にかけたら絶対に行かないと思うけどな。やっぱり、あんたが色々と仕組んだんじゃないの?」
「別に仕組んだんじゃない。オレは泉ちゃんと先輩の気持ちもよく考えて行動したんだ。多少強引かもしれないけど、二人には最高の思い出にしたいんだ」
「ふーん、格好つけちゃって、今お父さんが変われって言ってるから、変わるね」
恭一はいよいよ緊張が高まった。呼吸が浅くなる。
「おい、お前。いい加減にしろよ!」
案の定泰三は最初に怒鳴り声を上げてきた。
「聡も泉を変なところに連れて行って、何が修行だ? あの爺さんも変なこと協力したりして。お前が今やっていることは最大の恥だぞ! 分かってんのか!」
ちょっと受話口を耳から離さないと、鼓膜がつぶれてしまうほど、泰三の声は大きかった。きっと自宅の方でも相当外に響き渡っている。
恭一は一瞬ここで歯向かっても良かった。しかし、歯向かったところで心配してしまうのは泉と聡だ。彼らはまだかまだかと自分を待っているに違いない。
「すみません。僕が和尚に協力したことは、和尚に申し訳ないと思ってます」
「聡と変われ。あいつも音楽アーティストのライブなんか行きやがって。とんだ不良だな」
「それは不良とは言いません」
「どういう事だ? わしが不良と言ったら不良なんだ。そんな人間に育てた覚えはない」
ここまで言われて恭一は反抗的になった方がいいか考えた。口ゲンカなんてたとえ目上の人であっても、自分が正しいと思っていたら押し通す恭一なのだが、へりくだって謝った方がいいのだろうか。
「聡はいないのか?」相変わらず泰三は感情的になっており、大声で怒鳴り散らしている。
「先輩は今違う場所にいます。今変わったとしても、何も解決はなりません。どちらにしても明日の昼には帰るつもりです。その時にじっくり話をした方がいいと思います」
恭一は淡々とロボットのように感情を表に出さず喋った。
「わしの怒りが収まらん!」
「申し訳ありません」恭一はその言葉で何とか泰三をなだめるつもりだった。
「もういいじゃない、お父さん。明日、三人帰ってくるんでしょ。その時に、うんと叱ったらいいじゃない。このままだと血管切れるよ」
と、隣で葵の声が聞こえてきた。
「くそったれ。……分かった。明日絶対に昼には帰って来いよ。来ないと勘当だ。いいな?」
「はい、承知しました」
そう言って、恭一は電話を先に切った。このまま話をしても埒が明かない。
恭一は胸の中に押し込んだ息が、ため息となって吐き出した。久々に緊張した。榮安寺に最初訪問した時も緊張したが、また別の緊迫した緊張だった。
しかし、住職というものはあれ程怒りやすいものなのだろうか。いったい何のために寺の修行をしているのだろうか。
そんなことを考えていたら、ますます泰三の言葉は大したことではないと思い始めていた。
恭一がコンビニから出ると、泉が恭一の存在に気づいて聡の服の袖を引っ張り、二人とも彼を見た。
恭一はペットボトルのジュースが入っているレジ袋を上げて、白い歯を見せて笑った。
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