第31話 門限を守らない旅行 4
ライブでは楽しみにしていたファンたちで賑わっていた。レーゲンボーゲンのメンバーたちが演奏をしている中で、絶えない歓声はずっと続いていた。
泉や聡は食い入るように見ていた。途中で一緒に歌ったりしていた。無論恭一もそうだ。驚きと楽しさが入り混じった感情が二人を見ると恭一には伝わって見えた。
……良かったな。二人来れて……。
恭一は丁度レーゲンボーゲンの楽曲が終わった頃に、客と一緒に多大な拍手をした。
「やっぱり、生で見るのはいいですね」泉は腕を伸ばして歩いていた。
「ああ、そうだろう。オレも何回も来てるけど、やっぱりライブは飽きが来ないんだよ」と、恭一。
三人はライブが終わり、客で押しつぶされて退場した後、駅近くまで歩き、ようやく一呼吸付けるときに喋った。
「しかし、ああいう狭い場所で、セクハラが起きたりするんだ。本当に厄介なもんだぜ」
と、不意に呟く恭一に、泉は、「あれ、一番セクハラしそうな人がそんなこと言うんですか?」と笑いながらいじった。
「あ、いや、そうじゃなくて。厄介じゃなくてラッキーなもんだぜって言ったんだ。オレは、今日は泉ちゃんのボディガードだったけど、前回なんて知章と拓也の三人で女性たちのお尻を触ったりしてたからな」
と、両手で腰を下げて触っているジェスチャーをする。
「お兄ちゃんは、ライブどうだったの?」
泉は先程から何も喋っていない聡を見ると、彼は、メガネの隙間から、涙を流していた。
「何だよ。見るな」聡は慌ててメガネを取って、手のひらで涙を拭いた。
「まあ、ファンなら誰でも感動するもんなんだ。オレだってシンザのライブに初めて行った時は泣いたよ」と、恭一は泉を見る。
「へえ、鳴尾さんも泣くんだ……」
と、その時、泉の携帯に着信が鳴った。肩にかけていたポーチバックからスマートフォンを取り出すと、そこには葵からだった。
「げ、お姉ちゃんだ……」
葵からか……。何の用だろう。恭一は思った。
「出た方がいいかな?」
躊躇する泉に対して、恭一はあやふやに思っていると、そこで、着信が途絶えた。
「こっちにかかってくる可能性も……」と、恭一が言った瞬間、彼のポケットに入れていたスマートフォンからバイブレーションで着信が鳴った。
恭一が手に取ると、やはり葵からだった。
……出た方がいいのか……。恭一は少し躊躇したが、辺りがまだ賑やかだ。今出てしまうと完全に寺修行ではないと分かってしまう。ここは出ない方がいい。
「いいか、お姉ちゃんの電話は出るな。こっちで説得するから」
「うん、分かった」泉は恭一の神妙な顔つきに頷いた。
恭一はラインのメッセージを葵に残した。
『何? もうすぐ就寝時間だから、あんまり話せないけど……』
すると、すぐに既読になって、メッセージが帰って来た。
『あんたたちが、和尚さんの寺にいないって分かってんだよ。怒らないから、今どこにいるの?』
寺にいない……? どういう事だ。
三人は電車に乗って宿泊するホテルの方に向かっている。まだ、ライブの観客らが電車の中で話をしたりしていて、満員電車になっている。
怪訝な顔つきになっている恭一に、泉は「どうしたんですか?」と、恭一が手に持っているスマートフォンの画面を見る。
「……もしかして、バレたんですか?」
「分からない。カモフラージュの可能性もある」
恭一はメッセージを送った。
『だから、今寺に就寝前だ。こんなことやってたら和尚さんに怒られるだろう』
『あんたがそう言っても、夜にあたしがお寺に電話したんだ。あんたらがお世話になるはずだった和尚さんに。そしたら、修行されてる人が出て、そんな人いませんと言ってたよ。
後で、和尚さんが白状したけどね』
白状……。本当なのか。
恭一は心の中でまだ納得していなかった。いや、納得したくないのか。
電車が宿泊するホテル近くの駅に到着をして、三人は降りた。他の客もたくさん降りていく。遠方から来ている人たちも大勢いるようだ。
恭一は確認の為、和尚の寺に電話をした。時刻は十時前。電話に出てくれるほど大らかな寺ではないと思ったのだが、八コール目に受話器を取った音がした。
「恐れ入ります、鳴尾です」恭一は先に喋った。
「……ああ、恭一君かね。すまんのう」
向こうの声が和尚の声だとすぐに分かった恭一は、「いえ、こちらこそすみません。夜分遅くに……」
「いえ、荻野さんの家から電話があって、ついうっかり修行されてる方が、電話に出たもんだから、それが分かってしまって……」
「そうなんですね。いやあ、難しいもんですよね。ハハハ」と、恭一は笑いながら頭を掻いた。
「本当に、すまんのう」
「いえ、こちらこそ、色々なこと頼んでしまってすみませんでした」
「ライブは楽しめたのかね?」
「ああ、それはそれは。和尚さんのお陰です。では、就寝時間だろうし、そちらの方も心配かけましてすみませんでした」
「いえ、こっちは、大丈夫じゃ」
「ウチの住職に怒られませんでしたか?」
「まあ、荻野さんとは何回か会ったことがあるし、噂では聞いてたから。まあ、それなりにじゃけど。君たちは怒られたんじゃないのかい?」
「まあ、大丈夫ですよ。ハハハ、それじゃあ、失礼します」
「お元気で……」
その言葉を聞いた後、恭一は強く通話を切った。
「何て?」泉は心配そうに恭一を見る。聡も同じだ。
「まずいことになった……」
恭一は向かいの駅のホームをぼんやりと見つめて、唇をかみしめていた。
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