第29話 門限を守らない旅行 2

 カラオケ店も客は大層いたのだが、飛び込みで行ったら偶然に部屋に空きがあったので、三人は個室のカラオケ室に入った。

「さあ、ここで歌いましょう。カラオケボックスは初めて?」恭一は泉に聞いた。

「初めてです……」泉は行儀よく恭一の横に座った。

「先輩は?」

「オレも行ったことはない。部屋が暗いな」

「まあ、カラオケ室ってこんなもんですよ。あんまり明るくは出来ないんです。取り合えず、歌いましょう」

 恭一が充電器に刺さっていたマイク二本取り出して、泉と聡に渡そうとするのだが、聡は手を横に振った。

「ゴメン、オレ音痴なんだ」

「音痴でも楽しみましょう。せっかく寺から抜け出したんだから」

 恭一がニコッと笑うと、聡は恥ずかしそうにマイクを取った。

「でも、先に鳴尾さんが歌ってみてくださいよ。あたしたちは良く分からないんで……」泉は緊張した面持ちで恭一にマイクを渡した。

「ああ、いいよ。一応採点ゲームする?」

「あ、音程の棒があって、キーが合ってるかどうかの採点ゲームですか?」

「そだよ」

「テレビでしか観たことないけど、アレがあった方が、楽しそうですよね」

「まあね。じゃあやってみようか」

 恭一は採点ゲームを入力して、ロックバンドの曲を入れて歌った。

 聴いている二人とも手拍子を合わしながら、「上手い」と言った。

 恭一は別に自分自身歌が上手いとは思っていない。しかし、子供から音楽をよく知っていたので、それなりに音程が取れていた。

 恭一が終わると、今度は泉が歌った。恭一が使っていたマイクに少し、ときめいていた。それ以上に好きな人の前で歌うのが恥ずかしくて、途中何度もはにかんでしまっていた。でも、恭一はそれを知ってか知らずか「上手いよ」と、叫んで手を叩いた。

 聡は、今度は自分の番だと思って、あまりリアクションを付けられなかった。それ以上に緊張していた。

 泉が歌い終わると、二人とも手を叩いた。採点は恭一よりも低いが、彼女自身も満足そうな表情していた。

「いや、上手いね」と、恭一が言うと、「鳴尾さんに比べると、全然です」と、泉は恥ずかしそうに手を振った。「暑い」と、手を団扇のように煽った。

「そうだね。エアコン入れようか」と、恭一はリモコンで、冷房を掛けた。

 次は聡の番だった。レーゲンボーゲンの曲が流れると、「おっ」と、恭一は笑みを見せて、「いいよ、先輩」と、手を叩いた。「立とう!」

 そう促して、聡は立ち上がって歌った。恭一は聡の歌声に対してより注目していた。何故なら、バンドに加入してくれるかもしれないメンバーなのだ。

 貧相な身体と顔つきに似合わず、甘い声ではなく、力のある声だった。もちろん普段歌い慣れていないが、泉も同様に普段から読経をしているだけあって、それなりに強弱の付け方があった。ただ、悪い点もある。根っからの音痴と自分で言っていたが、本当に音痴で、採点ゲームのキーに合わせる棒線を一生懸命高くしたり低くしたり試みていた。しかし、それをすると、本来持っていた力強さを感じさせる声が遠のいていく。

 恭一は、聡に足して歌は音程が取れていないが、しかし、練習すればいいものが引き出せられるのではないかと読み取っていた。

 曲の一番目を終わると、恭一は手を叩いた。「上手いじゃないですか。その調子!」と、叫んだ。

 お世辞の部分もあったが、本当の部分でもあった。長年読経を続けて、泰三にあれこれ指導を受けて来た甲斐が歌で表明されていたなんて……。

 曲が終わったら、聡は満足げな表情を見せた。

「先輩、良かったですよ。声がいいですね」恭一は親指を立てた。

「いや、そんなに持ち上げなくていいよ」聡は照れたように頭を掻いた。

「持ち上げてないですよ。レゲボのジギルになってました。もう一曲行きましょう」

 と、恭一は何度も聡と泉に歌わせた。二人の歌声を何度も耳に焼き付けていた。

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