第28話 門限を守らない旅行

「じゃあな、気を付けて行けよ」朝からセミがうるさいほど泣き続けている中、泰三は居間にて三人に対して手を振った。「しかし、泉も呼ばれるなんてとんだ和尚だな」

「大丈夫ですよ。道は僕が良く分かってますし、タクシーを使えば」恭一は笑いながら頭を掻いた。

「しかし、何であたしは呼ばれなかったんだろう」と、葵。

「あの和尚さんは、素直な子を修行したいんじゃない?」

「どうせあたしは素直じゃないわよ」と、葵は「フン」と言って顔をそむけた。

「まあまあ。でも、身体は素直に育ってるじゃないか」恭一は葵の豊かな胸を凝視しながら呟いた。

 その後で、茶の間で張りてならぬビンタを食らったのは言うまでもない。


 一泊二日の遠方の修行という嘘を恭一は作った。以前滝修行に行かされた時に、和尚が優しかったのを覚えていた恭一は、今回この状況の話をして、三人でライブを行くので、そっちで修業をしているというウソの話を付き合ってくれないかという設定をした。

 気優しい和尚は「そうですか。何とも住職も、たまには聡君たちに休暇をさせたらいいのに……」と気を落としていた。

「そうでしょう。和尚さんは優しいですね」という話をして、恭一はその話を取り作ってもらっていたのだ。

「じゃあ、行ってくるよ。袈裟とかはあっちで用意してくれるから」恭一は玄関で手を上げて、葵と泰三に言った。

「泉は初めてだから、ちゃんと丁寧に挨拶をするんだぞ」と、泰三。

「分かってるよ。優しい和尚さんって聞いてるから、でも、ちゃんとするよ」泉は笑った。

「何だか、三人とも凄く楽しいそうだね。そんなに以前の修行が良かったの?」葵は手を腰に当てて首を傾げた。

「まあ、楽しいというか、別のところで修行も悪くはないさ。オレも修行僧として、いろんな場所に行ってみたいっていうのもあるしな」と、恭一。

 恭一は聡を見た。彼もその状況を作っているのだろう。聡は何も言わず、嬉しさを敢えて見せていなかった。

「分かった。明日の昼ぐらいだな」泰三が言った。

「そうですね。明日の昼にお土産も持って帰ってきますんで。じゃあ、行こうか」

 玄関前で恭一は泉と聡に言って、榮安寺を後にした。


 恭一たちは最寄り駅から、電車で二時間ほどかけて大都市の駅まで行った。

「よし、ここまで来たら、大丈夫だ。もうライブに行けるぞ」

 そう言って、恭一は笑顔で泉と、その後に聡にハイタッチをした。

「ありがとうございます」と、泉。

「でも、本当にバレずに行けるんだろうか……」

 聡は腕を組みながら言った。

「先輩は疑い深いから……。大丈夫ですよ。和尚さんとは話を取り繕っているんですから。ただ、明日帰ってきたときに、感想を求められるから、その辺は適当に打ち合わせをしたらいいですよ」

「まあ、そうだな」

「とにかく、この場所まで来たら、後ははぐれないようにしないと。今日は土曜日で人も多いから、泉ちゃんもはぐれないように」

 そう言って、恭一は泉の手を掴んだ。泉は「分かりました」と言っては、心の中でドキドキしていた。

 ホームから降りると、至る所にビルの数と、人の群れ。スーツを着ている男性たちはあまり見かけなかったが、夏の暑さに適用した、薄着のカップルたちがアイスクリーム片手に話をしている。泉にとっては生まれて初めての光景だった。今までテレビの中でしか観なかったものが実現していたなんて目が疑うほどだった。

 恭一は何度も瞬きをしている泉を見て言った。「初めてだろう、こんな場所に行くのは」

「まあ、あたしが物心ついてからは初めてです……」

「オレは何度か足を運んでるから分かるけど、やっぱり永尾町とはまた違う素晴らしい場所だ。先輩は?」

「オレも初めてだ」聡は冷静を気取っていたが、内心感動している。

「でも、まだライブは早いですし、どこ行きましょう?」泉は恭一に言った。

「そうだな……」

 しばらく恭一は駅近くをウロウロしていたのだが、カラオケ店を見つけると指を差して、

「カラオケボックスでも行こうか?」

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