第25話 聡の過去
翌日の午前の休み時間に、早速恭一は葵に聡の話を聞いた。
「ゴメンな。オレがお前の席に行って先輩の話を聞きたかったのに……」恭一は手を上げて笑った。
葵は暫く恭一を見ていた。鳴尾恭一という人物は、本当はどんな人物なのだろう。ただの女好きではないのか。最近、身体をあちこち触るという行為をしなくなってきたのは、寺修行のお陰というのは違うのだろうか……。
「おーい、聞こえてるか?」恭一は葵の目の前に手を横に振った。
「あ、ゴメンゴメン。それで、兄貴のことだよね。といっても、あんたがウチの家に住んだから話すけど、絶対に秘密だからね。これは家庭の事情だから」
「分かってるよ。オレは誰にも漏らさない。ただ、先輩に対して興味があるだけだ」
聡に興味がある……? どう見ても恭一と聡とは正反対の性格であり、どちらも自我が強いはずなのに、まさか恭一の方が、興味があるというのはどういう事なのだろう……。
「……まあ、あんたがどういうつもりなのかは知らないけど、兄貴の性格が変わっちゃったのは、兄貴が小学六年生の時なんだ。前にもあんたに言ったと思うけど、当時、修行される方たちを家に招き入れた後なんだ」
「後?」
葵は頭上を見上げて、右人差し指を顎部分に触れて思い出していた。
「そう、辞めていった修行僧たちに対して、プライドの高いお父さんは相当ショックを受けてたわ。そして、結局自分の行いは正しい、ダメだったのは修行に来た人たちの根性が足りなかっただけだという答えになっちゃって。そこで、今度は兄貴に標的がいった。といっても元々兄貴に対しても、後を継ぐために寺修行というのは教えていたけど、お父さん、とにかく自分の息子に対して、特に厳しく指導してそれについていく兄貴を見て、教え方が正しいと判断してるから。結局、ただお父さんの自己満足ってわけ」
「ということは、先輩はそれに嫌々従ってここまで来たってこと?」
「まあ、簡単にいえばそうよね。でも、兄貴はそこまで言えるほど強い人間ではなかった。本当はもっといろんなことしたかったと思うよ。確かに、寺の後を継ぐ気持ちは十分にあったと思うけど、他の趣味なんかを取っ払って指導をさせられたって感じ」
「それが、何で、お前が気に食わないんだよ」
「気に食わない? あたしそんなこと言ったっけ?」葵は恭一を睨んだ。
「いや……。何となく二人を見てたらそんな感じがしたからさ」恭一は笑って誤魔化した。
「まあ、いいわよ。確かにあたしはそうやって従ってる兄貴が好きじゃないんだよね。あたしだったら反抗してたし、何度もお父さんとケンカするよ。実際にしてきたし……」
「それは、住職が男女の指導の仕方が違うんじゃないのか。だって、オレたちには厳しく接してるのに、お前が帰ってきた途端、声のトーンが高くなるからな」
「そうなの?」
「ああ、気持ち悪い程な」
葵は腕を組んだ。「ふーん、まあ、あんたがそう言ってたってお父さんに言っとく」
「いや、言わなくていいよ」恭一は慌てて両手を横に振って苦笑いを見せた。
「とにかく、そんなことがあったってこと。確かに男女を使い分けて指導してるところはあるけど、あたしが男だったら、もっとケンカしてたかもしれないけどね。兄貴はある意味優しいんだよ。でも、ある意味頼りないところもある」
「まあな。ちなみに先輩は、他の趣味を取っ払われたと言ってたけど、どんな趣味があったんだ?」
「あんたと同じ音楽が好きだったわ。当時、お母さんに買ってもらったCDデッキを買ってもらって、擦り切れるほどCDを聴いてたわ」
「CDってレゲボの?」恭一は手のひらで顎を摩った。
「そうよ。何であんたが知ってんの?」
「まあ……。風の噂で……」
恭一は、ここは聡のタンスにCDが隠すように入っていたというのを敢えて言わないよにした。葵は父親のことを軽蔑している反面、どこか尊敬の念もありそうなので、告げ口を言われたら、聡が可哀想だ。
「まあ、いいけど。兄貴はレゲボも好きだったし、その頃の流行ってたバンドのCDも持ってたんじゃないかな。だって音楽雑誌も持ってたし……」
「へえ、小学生なのに結構いい趣味してたんだな」
すると、葵は睨んだ。「あたしからしてみたら、音楽の趣味から離れてくれてよかったって思ってるわ。だって、音楽なんて悪ガキがやるもんでしょ。あ、そういえば、泉には手を出してないわよね?」葵は手を腰に当てて、怒った表情で恭一に向かって言った。
「してねえよ。何度もいうけど、泉ちゃんがギターをしたいっていうから教えてただけで、別にわざと密着してたわけじゃないし。本人が一番知ってるだろう。泉ちゃんに聞けよ」
「ふーん」しばらく葵はまた腕を組んで恭一を見下した。
「何だよ」
「あんたって、最近変わったよね?」
「何が? 何にも変わってないよ。お前の方が変わったんじゃねえか」
「変わった? どこが?」
「例えば、この胸がさらに成長してるじゃん」
と、恭一は葵の胸を人差し指でツンツンと押した。
すると、葵は「何すんのよ。この変態!」と、恭一にビンタならぬ張り手を食らわした。
恭一は「痛てててて」と、左頬を抑えて、三時間目のチャイムが鳴りだした。
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