第22話 厳しい規則

 知章と拓也が去っていったことに対して、別に恭一は病んでいたわけではなかった。寧ろ、今までそういう価値観でしか、自分を見ていなかった知章が去ってくれて朗報だったと思っている。

 それよりも泉のギターだ。彼女はようやく簡単なコードを弾けるようになった。まだ、全部の弦を弾くバレーコードは彼女の短い指では難しいが、そこをどう手を抜いて弾けるようすればいいか……。

 今夜恭一は自室で一人考え事をしていると、三回ノックが聞こえてきたので、「はい」と答えると、「あたし」と、葵の声が聞こえた。

 恭一が引き戸を滑らせると、彼女の姿が露わになった。暑くなったのでTシャツ一枚の葵の姿、胸のふくらみが良くわかることで恭一はドキッとする。

「何だよ。もうそろそろ就寝時間だろう」

「へえ、あんたの口からそんな言葉を言ってくれるなんて、少しは成長したんじゃない?」葵は中に入りドアを閉めた。

「別に、住職に怒られたくないからな」恭一は座って胡坐を掻いた。

「ふーん、あたしも座っていい?」

「いいよ。オレの部屋じゃないから」

「素直じゃないんだね」葵はぺたんと座った。

「で、何か用?」

「最近、昼休みに泉を呼び出してギターの練習をさせてるんだって?」

「まあな。ただ、泉ちゃんがギターをしたいって言ったから、教えてるんだ」

 恭一は嘘をつこうとも思わなかった。そんな出来事なんて通学している葵にとってはすぐに分かるはずだ。

「ふーん。本当に泉がやりたいって言ったの?」

「ああ、そうだけど。彼女も結構音楽を聴いたりしてたんだろう?」

 すると、葵は考えた素振りを見せて首を横に傾けた。「いや、別に。音楽なんて家であんまり聴いたことないし、そもそもあたしたちの部屋には音楽のデッキなんてないよ」

「ない? まあ、スマホで聴いてたんじゃないの?」

「んー、そうなのかな……」納得いかない葵。「どっちにしても、そんなことさせて、近づこうとして変なところ触ろうとしてないでしょうね?」

「してねえよ。今、彼女がギターの演奏が大分上手になったんだ。今度エフェクターを楽器屋に行って見に行こうって話をしてるんだ」

「エフェクター? まあ、いいや。とにかく二人で外出するのは禁止だからね!」葵は怒りを露骨に出した。

「何でだよ。オレたちの勝手じゃんかよ」

「良くないわよ。だって、あんたは修行僧の身だよ。色情を抑えるためにあたしが引っ張ってきたんだから、女性と二人で外出するのは論外でしょ」

「何なんだよ! 別にいいじゃんか。それにオレがここに修行したいって言ったわけじゃないんだぞ」恭一は内心むしゃくしゃして感情を表に出した。

「そんなこと言ったら、お父さんに言いつけるわよ。あんたが泉を連れ出してるって」

「だから、泉ちゃんがギターをやりたいって言ったから」

 恭一はあまりにも腹が立って、思わず葵を殴りかかろうと右手に握りこぶしを作っていたが、相手は自分が好きな女性だ。その思考がよぎったら一気に気持ちが覚めていった。

「何よ、殴るつもり? 殴ったらお父さんに言いつけてやるから」

「……いいよ。殴るつもりもない。ちょっと一人にしてくれないか……」

 葵も恭一の豹変した態度を察知して、「あ、ごめん、言い過ぎた。でも、泉には絶対に手を出さないでよ」

 そう言い残して、葵は部屋を後にする。恭一はゆっくり閉められたドアを聞いた後、恭一は仰向けに倒れた。

 ……これから、どうするっかな……。


 次の日、恭一は昼休みに音楽室で足を運ぼうとしたら、知章と拓也が演奏していた。

 もちろん、話はない。最近互いに無視を続けている。知章と恭一は同じクラスだが、全く話はしないし、拓也と恭一との間は連絡事項くらいか。それも、音楽のことではない。

 恭一は一人黙々とドラムの練習をしていた。別に今日はドラムの練習なんてしようとは思っていない。

 約束通り、泉はギターを持ってきてやって来た。ギターは彼女が家に持って帰るとすぐに分かってしまうので、隣の音楽室の空き部屋に置いている。もちろん盗難にあってしまう危険性があるので、鍵を掛けるなどそれなりの施しをしている。

 泉は笑顔を見せながら恭一に近づいていった。葵からは何も言われていないのだろうか。これからネガティブの言葉を伝えることが恭一にとっては辛いものだ。

「今日もよろしくお願いします」彼女は丁寧に頭を下げた。ツインテールの束ねた髪が揺れていた。

恭一はドラム演奏を止めて、彼女に向かって言った。「ごめん、その事なんだけどな。昨日君のお姉ちゃんが、もうこれ以上君にギターを教えないでくれって言われたんだ」

 泉は目をパチクリして、「それってどういう事ですか?」

「端的に話すと、オレって寺修行をしてるわけじゃない。しかもセクハラ騒動でさ。それなのに女子と二人で練習するのは止めてくれってことなんだ」

「えー、でも、別に鳴尾さんが好きで寺修行に入ったわけじゃないじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどな」と、真っすぐ自分に向き合う泉に対して、恭一は頬を掻きながら横目で見た。

「あたし、お姉ちゃんに言ってくる」

「それは、止めといたほうがいい」

「どうして?」泉は眉をしかめて、明らかに苛立っていた。恭一にとっては初めて見る彼女の表情であった。

「あいつもあいつで真剣に考えてると思うんだ。それに、オレのことで二人がケンカしたら何となく嫌だろう……」

「鳴尾さんはお姉ちゃんに味方するんですね……」

「味方とかそんなんじゃない。姉妹仲が良かったのに、そんなことで亀裂を走らせたくないんだ。ほら、オレじゃなくても、もっとギターが上手い先輩なんてたくさんいるんだし……」

 泉は貧乏ゆすりのように右足のつま先を動かした。「そうですね……」

 やがて、泉は走って教室を出て行った。恭一は「泉ちゃん」と、後を追うのだが、廊下には生徒たちがたくさんいてどこに行ったか分からなかった。

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