第21話 裏切り
「お前、毎日荻野の家に泊まってんの?」
昼休み校庭のベンチでパンをかじりながら、知章が恭一に聞いた。
「ああ、まあな。あいつに言われてな」恭一は弁当の中身のシイタケの煮物を箸で持って食べていた。これも葵が作ってくれた精進弁当だ。
「言われた。もしかして、これって許嫁って奴?」知章は拓也を一瞥してほくそ笑みながら、恭一を見た。
「違う、そんなんじゃない」慌てて恭一は手を横に振った。
拓也は右の口角を上に上げて、いかにも見下した笑いを取った。「まあ、荻野と恭一は前々からそういった関係だとオレは睨んでたけどな」
「だから、違うって。あいつの家は寺院だろう。親っさんが住職で以前に弟子入りした修行僧たちもいたことから、オレも性格を直せと連れてこられたんだ」
「どういう事だ? お前は何かしでかしたのか?」と、知章。
「まあ、先生たちがいうにはセクハラまがいのことばかりをしていたから、荻野が腹立って先公にも言ったらしい。その行為は犯罪に当たるから寺に連れていかれた」
「まあ、恭一の女子からの嫌われようは異常だからな」拓也はストローをパックのフルーツジュースの差込口に刺して、口に入れて吸引して飲んだ。「多分、原因は尻や胸をみんなに見せるように揉んでたからな」
「なあ、やっぱり、荻野の牛のような乳は柔らかい?」知章は目を輝かせながら興奮していた。
「まあ、柔らかいっちゃ、柔らかい」と、恭一は誰とも目を合わさずに、ペットボトルに入っている水を飲んだ。
「男子全員羨ましがられてるぜ。あれだけ自分の欲望を満たしてる恭一が凄いって。俺たちもやりたいってね」と、拓也。
「学校でも触ってるということは、家では……、やってるということか?」
知章が言うと、思わず恭一は口に含んだ水を吹き出した。
「だから、そうじゃないって。それに厳格な親父さんもいるんだぞ。いっぺんお前らも修行やってみたらいいじゃん。パワハラに近いもんやらされてるんだから」
「パワハラって、暴力とか?」
「暴力まで行かないけど、暴力手前だ。道草せずに帰らないといけないし、帰ったところで読経を唱える。夕食は精進料理で肉や魚を取らない食べ物を口にして、尚且つ黙って食べる。テレビやスマホをいじるのはもってのほか。朝は四時に起きて家の掃除、こないだなんて休日に遠方まで行って滝修行まで行ったんだから」
「滝修行?」知章と拓也の二人は同じタイミングで素っ頓狂を上げるように言った。
この前、泰三と聡との三人で自家用車を使いながら、朝から一時間半掛けて大きな寺院で各地三十人ほど集まり、一人ひとり滝修行を行った。初夏を感じながら、滝に打たれるのはそれほど苦ではなかった。しかし、そこで読経を唱えるという行為が、別に寺院に対して想入れがあるわけでない恭一は、熱を上げられるものではなかった。
その日は半日での遠征だったが、話しかけてくる修行僧たちにもそれなりに他愛のない話をしたが、同じ人間にしないでくれと思っていた。
ただ、そこの和尚は柔和な顔つきで、穏やかな人物だった。年齢も泰三よりもひと回り以上年上で、恭一の頑張っている姿を褒めてくれた。
そこから、優しい和尚と三十分ほど話をした。寺修行の愚痴から家の悩みまで、何とも聞き上手の和尚にあれこれ喋ってしまい、逆にプライベートが筒抜けになってしまうのではないかと身構えてしまうほどだった。
「また、いつでもここで相談師に来てくれたらいい」そう、和尚が言ってくれたことが有難かった。それに引き換え自分の教える住職は何故あれほど堅苦しい人間だと帰りの車での後部座席で、運転している泰三に目を細めていた。
恭一はふと我に返って、知章と拓也がこちらを見ていることに気づいた。「ま、まあ、さほど面白いものではなかったけどな」恭一はまた箸を持ち、梅干を食べて、ご飯を掻きむしった。
「そう言えば、お前。最近荻野の妹と仲が良いじゃないか。あの子も狙ってるのか?」
「狙ってねえよ。あの子はギターがしたいからオレが教えてるんだ」
「ギターだったら、オレも教えてやってもいいんだけどな」と、知章は自分が持っている全ての菓子パンを平らげた。
「あの子に頼まれたら教えたらいいんじゃないか。今のところオレが教えてるわけだし……」
「何だよ。オレじゃダメなのかよ」知章は仏頂面な顔を見せて言った。「お前も最近は俺たちとつるまなくなったな」
「前は、よくエロ本を持って来てくれたもんな」と、拓也。
「つるまなくなったというか、オレだって忙しいんだ。荻野の妹も今日は用事があるからやってないけど、昼休みにはギターを教える。じゃないと、道草は禁止だからな。それにこのことは親父さんに知られたら怒られる」
「しかし、オレたちのバンドはどうするんだ。オレ一年前のライブが良かったから、もう一回ライブをしたいんだ」
「その事なんだけど、オレはこのバンドを抜けようと思ってるんだ」言いにくそうに、恭一は少し声を小さくいった。
「どうしてだよ? 荻野の妹も参加してやってもいいぞ」知章は恭一を睨んだ。
「いや、ダメだ。上手く言えないけど、ダメだ」
「お前はその子のギター指導をするために、バンドを抜けるということだな」と、拓也は冷静に言った。
「ああ、すまんな」
「おいおいおいおい、ふざけんなよ。リーダーが抜けると解散じゃん。オレもバンドミュージシャンになりたいっていう夢があるのに……」
知章は感情的になっていた。今にも恭一に殴りかかっても可笑しくはなかった。しかし、恭一は知章がどうしてこれほどまで怒りを覚えているのかを知っていた。
彼は自分勝手なのだ。自分に音楽の才能がないことを承知している。それでいて練習といった努力をするわけでもない。ただ、大きな夢だけを掲げている。その為にどうすればいいのかというと、他力本願なのだ。知章は軽音部に入った時に、目を突けていたのは恭一のドラムの上手さだ。それでいて悪さをする不良で、音楽の知識もある。好きなバンドも一緒だった。これは知章にとっては好都合だった。
しかも、バンドのリーダーもしてくれて、親が有名人だ。その付き合いで人脈が広がり自分の才能を受け入れてくれるのではないのかとも感じていた。
森友知章はそれが今崩れ去ろうとしている。この前の泉に対して丁寧に教える恭一を見て、去ってしまうのではないのかという不安はあった。しかし、そのことが現実に言葉を発している。
「まあ、知章いいじゃねえか。オレたちで別のメンバーを探そう。寺下なんて最近ドラム上手くなったって聞いたし、あいつはどこかのバンドに加入したいって話を聞いたぞ」拓也は慰めるように言った。
しばらく、知章は歯を食いしばって恭一を睨みつけていたが、やがて立ち上がった。
「もうお前とは絶交だ。詫びてきたら許してやる」
そう捨て台詞をいって、彼は去っていった。
「すまんな、恭一。オレは知章の方に行くよ」と、拓也。
「ああ、知章を頼む」
拓也は立ち上がって、恭一に向かって手を上げて知章の後に続いていった。
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