第19話 恋の確認

「お前は、今日何をしてたんだ?」

「いや、別に、学校で授業を受けてましたけど」

 恭一はボストンバックを肩にかけて荻野家に訪問していた。そこで、玄関で怒りの感情を表に出している泰三がやって来た。

「そうじゃない。授業が終わって下校時間にどこに行ってたかって聞いてるんだ」

「自宅にいましたよ。別にバックレたわけじゃないし、着替えを持ってきただけです」

「しかし、こんな時間ままで……」泰三は腕を組んで、煮え切らない気持ちを露わにして歯を食いしばっていた。

「オレにはオレの用事があるんで、道草を食わずにこの家に帰れることは、これからも難しいかもしれません」

 泰三は恭一の家庭はある程度把握はしてたし、他人の家庭の事情まで押し付けていいものだろうか……。

「分かった。今回は許してやる。しかし、寄り道をするときは、真っ先にここに電話しろ」

「分かりました」と、恭一は素直に返事をしたのだが、内心ではどうしてオレがしなくてはいけないのかと腹立たしさを感じていた。

 先程の小学生の時のことを思い出して、恭一は葵のことに注目していた。彼女は食事を済ませた後、皿洗いを行っている。恭一はトイレに行っては葵をチラッと見て、また出た時は彼女を見た。

 何となく観察してみたかった。確かに家事を行っているのは基本彼女だ。泉もそれに加わっているが、彼女は時たまにという感じで、基本は葵が進んでやっているようだ。

 葵は気配がしたので、恭一を見た。「何?」嫌味っぽく尋ねた。

「いやあ、何でもない」と、人差し指で頬をポリポリと掻いた後、「一人だと大変そうだから、オレも手伝うよ」と、機転を利かせた。

 葵は笑った。「そんなのいいよ……。あ、でも、修行の為だったら必要かもね」と、彼女は蛇口を閉めて、濡れた手でタオルを拭いた。

「いいよ、やってくれたら助かる」葵は後ろに下がって、手を出して恭一を皿洗いへと誘導した。

「あ、いや、そんなんじゃ……」

「何言ってんの。さっきやるって言ったじゃん。そこに洗剤があるし、終わったら言って……」

 そう言い残して、葵は居間の方に歩いていった。

 恭一は一緒に皿洗いをして、葵の心境を確かめたかったのに、結局一人でやる羽目になった。

 畜生……。


恭一は湯船から出て、髪を洗おうとバスチェアに座った。

しかし、どこかしら葵に対しては緊張が走る。以前のように身体のあちこち触っても別に何とも思っていなかったのに、何故だろうこの気持ちは……。

 もしかして、恋がぶり返してきたのか。

 確かにあの時は、一時期好きだった。しかし、それはどことなく緩やかに消えていった。それは家庭環境にあったし、周りの女子たちが自分のことを持ち上げてくれるからだ。

 例えばクラスで一番モテている女子がいたら、その女子を男子たちはみんな狙うだろう。そこを競い、尚且つ勝利を得ることが出来たら、その男子はみんなを見下せて自分の地位を得られるのかもしれない。

 自宅で行った有名人たちが集まったあのパーティは楽しくもなかった。それはそうだ。自分と競える男子がいないからだ。それに、あの少女に対しても何も思わなかった。少女は別にブサイクだったわけではない。しかし、特に美人だったわけでもない。もしかしたらこれから美人になっていく女性だったのかもしれない。しかし、当時の自分にとって生きる価値というものは物質的なものだった。つまり、少女に対して何人の男子が恋心を抱いているのかを知らないと、闘志を燃やす気持ちもないのだ。

 そう考えると、子猫に傘を差しだした葵に対しての気持ちは真のものであろう。

 実際に中学時代に付き合った女子がいる。それは付き合ったという経験が欲しかっただけ。そして、その女子はモテていた。恭一は有名人の息子ということで、周りからは羨ましがられる中で、その女子を物質的価値として見ていた。

 結果それは獲得した。しかし、恋人期間はものの長くは続かなかった。いや、その先が無かったと言った方がいいのか。

 キスもした。それなりに彼女の体温を感じた。しかし、恭一にとってそれは恋だとは思えなかった。思ってみたが出来なかった。

 葵はどうなのだろうか。それを確かめたかった。

 葵がこの浴槽で身体を洗っているところを想像する。髪を洗っていて、シャワーを流している。大きな胸は重力に耐えられず少し垂れている。そして、痩せてもいない中型の体形であり、背は百六十手前。そして下半身……。

 そこまで考えると、恭一は恥ずかしさのあまりかぶりを振った。何を考えているんだオレは……。

 さっさと身体を洗おうと思って、葵が使っているシャンプーを使った。

 いや、ちょっと待てよ。昨日は適当に使っていたが、何だかこれを使うことにも抵抗がある。何故だろう……。

 恭一は焦燥感に囚われて、仕方なく、聡と泰三が使っているであろう固形石鹸に手を出して泡立てていた。

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