第18話 回想
恭一は自宅に帰る前に夜の公園で一人ブランコに座って考えていた。
……どうしようかな。このまま榮安寺に行かなくても、葵や泉と学校で会うことには抵抗はない。しかし、葵とは会話を楽しめるかは分からない。
そんな思いに更けていると、葵が小学五年生の頃の出来事を思い出した。その日、朝は快晴の天気だったのだが、昼間から次第に雲行きが怪しく、下校時間には大雨に見舞われた。
天気予報では昼間から天気は下り坂になるという予報だったのだが、恭一はそれを知らず、傘を持ってくることも忘れていた。
下駄箱から自分の運動靴を取り出し、履きながら恭一は外の大雨を見ていた。
……走って帰るしかないか。
このまま全力で走ったら二十分くらいで家に着くだろう。途中の雨宿りはないが、仕方がない。
雨と睨めっこして、唇をかみしめている恭一に対して、「鳴尾君傘ないの?」と、横で言ったのは葵の姿だった。
「うん。持ってない」恭一は思わず作り笑いを見せた。
「あたしの傘貸してあげるよ。この前、傘持って帰るの忘れてたから、二つ持ってるんだ」
捨てる神あれば拾う神在とはこのことだなと、恭一は葵に拝みたくなった。「サンキュー」
その頃は二人で帰ることなんて滅多になかった。なので、恭一も葵も不自然な感じで、題の話を探しては何故か必死で喋ることを、お互い考えていたと思う。
帰り道の途中で、猫の鳴き声がどこかしら聞こえてくるなと気づいたら、目の前に、雨に濡れた段ボールに子猫が三匹助けを呼ぶ声だった。
「どこか鳴き声がすると思ったら、ここだったんだね」
葵は速足でその子猫たちの上に傘を差した。その後に彼女はしゃがんだ。
「何やってるの。濡れてしまうよ」
「だって、放っておけないもん。こんなの可哀想だよね」
必死で助けを呼ぶ茶色の子猫たち。お腹もすかせているだろう。雨に濡れて体力を消耗しているのか、大分声に力が無かった。
段ボールには雨に汚れた文字で“誰かもらってください”と黒いマーカーで書かれていた。
「そうだな」と恭一もしゃがんで子猫たちの上に傘を覆いかざす。
「ウチ買えないんだ。親が厳しいから」と、葵は呟いた。
「オレんとこもそうだよ」
葵は猫の濡れた頭を撫でた。「こんなに濡れちゃって可哀想……」と、彼女は傘を置いて立ち上がった。
「おい、何をするんだ」恭一はその行動に目を疑った。
「あたしは濡れていいよ。別に十分くらいで帰れるし……」
「何言ってんだ」恭一は自分が持っている傘を葵に渡した。
「これはお前のだろう。ちゃんと持てよ」
そう言われて、渋々、葵は手を差し出して、恭一が持っている水色の傘を受け取った。
「じゃあな」そう言い残して、恭一は走って帰っていった。
恭一は雨でズブ濡れになったのに、何だか嫌な気持ちでなかった。それもそのはず、その頃からだろうか。葵のことが気になっていったのは……。
恭一はあの後に、動物愛護団体に電話をした。葵の気を配った傘を無駄にはしたくはなかったし、何よりも葵と子猫たちを悲しませたくはなかった。
夜風に当たってブランコの錆びた音を聞きながら、恭一は足を地面について軽く漕いで俯いて自嘲した。そんな葵と一つ屋根の下で暮らすなんてバカげた話だ。
しかし、一人で家で過ごすのも味気ない……。
恭一は思わず頭を掻きむしった。
もう少し、あいつ等のバカげた計画に付き合ってやるか……。
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