第17話 楽器練習 3
スタジオはたまたま予約なしでも入れた。それもそのはず、恭一は今まで何百回もこのスタジオを利用していた。若い店員しか雇っていないのか、辞めたり雇ったりで店員はコロコロと人が変わる。しかし、恭一のことを知っている店員も多く、恭一の顔を見ただけで男性店員は言った。
「あ、鳴尾君。今日も来てくれたの?」
「まあね。でも、今日はドラムじゃなくて、ギターがやりたいんっす」
「ギター、お連れ?」店員は後ろに隠れるようにしていた泉を見た。
「そう、同級生の妹なんです。ギターやってみたいって言ったから、オレが無理やり連れてきたんです」
「へえ」と男性店員は右ひじを恭一の左の脇腹をつつく。「とかいって、ここから彼女になるんじゃないの?」
「ハハハハハ、どうなんでしょうね?」
そんなやり取りを聞いていた、泉は顔を真っ赤にしていた。
「あ、ごめんね。取り合えず、ギターだよね。エレキ、それともアコギどっちだい?」店員は泉に聞く。
エレキ? アコギ? 何だろう。泉は思わず首をかしげたくなった。
「そりゃあ、もちろんエレキギターですよ。夢はギターリスト何ですから、なあ?」恭一は笑顔で泉を見る。
「あ、はい」泉はホッと胸を撫でおろした。
そこからみっちり二時間二人は練習をした。今まで恭一はドラムばかりを演奏しているが、ギターも多少かじったことはある。コードはもちろんのこと、ギターのピッキングのテクニックもある程度は理解していた。
泉はギターを触ることや、音を合わせることから始まった。慣れない手つきでギターのペグを回していく。
「もうちょっと、高く」恭一は言うと、泉は「はい」と言ってペグを回していく。
二人は椅子に座って互いにスタジオで借りたギターを抱えながら先生と生徒のような感覚で教えている。恭一は泉が右手で一弦を鳴らして音を確かめる姿を見せながら、彼女がギターを腹に置いている分、胸が盛り上がって、余計に膨らみを増している。あまり見ないようにしたいけど、どうしても見てしまうのが男の性だ。
それを悟ったように泉は言った。「胸が邪魔で、弦が見えない」
「アハハハハ、立って、弾いてみた方がいいかもしれないな」
ストラップを付けていたギターなので、泉は立った。「うーん、頑張ったら何とか見えるかも……」
「肩が痛くない?」
「今のところ大丈夫」
「よし、じゃあ、練習を続けよう」
恭一も立ちながら練習した。二人とも分からないところはスマートフォンで調べて、二時間練習をした。
ギター、アンプ、エフェクターなど、全てが初めてだった泉にとっては楽しくて仕方がなかった。
それに、指導の恭一にも、怒られないわけだし、寧ろいろんなところを褒めてくれる。これほど気持ちのいい時間は初めてだった。
スタジオを後にして会計に向かう時に、泉は自分のスマートフォンを確認した。
「うわー」
「どうした?」恭一は泉のスマートフォンの画面を見ようと顔をのぞかせる。
「家からの着信が三回も来てる……」
「親父さんからかな?」
「もしかしたら、お姉ちゃんかも……」
泉は青ざめた顔になっていた。
会計を済ませた後、店を出た。七時前になっていたので、この時期でも外は随分と薄暗い。
「どうしよう……」泉は困惑した気持ちで恭一に言った。
「鳴尾さんに誘われて音楽スタジオに行ったって言ったら?」恭一は両手を頭の後ろで組んだ
泉は恭一と二人で帰り道を歩きながら、しばし思案していたが、電話を掛けた。三コール目で向こうの受話器を取った。葵からだった。
「あ、お姉ちゃん。あたし……」
「どこ行ってたの、あんた。随分と心配してたのよ」葵の声が恭一の耳にも聞こえた。
「ちょっとね。友理奈が毎日放課後で勉強してて、それに付き合ってただけだから」
「そうなの? でも、門限は四時半までって決まってるでしょ。友理奈ちゃんにはその話してなかったの?」
「うん、どうしても、期末テストも近いしさ。毎日一人教室で勉強してたら、可哀想かなっと思って。それに、あたしも勉強全然ついていけてなかったから、友理奈に教えてもらってたんだ」
「まあ、分かったわ。早く帰ってくるのよ。それと、関係ない話なんだけど、鳴尾はどこ行ったか知らない? お父さんカンカンなんだけど……」
「いや……」泉は恭一に一瞥した後言った。「知らない」
「そうよね。ゴメンね。じゃあ、晩御飯待ってるからね」
「はーい」
そう言って、互いに電話を切った。
「まあ、ウソをついたということか。じゃあ、こっちもウソつかないといけないな」
「すみません。一緒にいたっていったら、お父さんもお姉ちゃんも私もそうだけど、鳴尾さんが怒られると思って……」
「まあ、いいよ」
恭一はポケットに突っ込んで、泉の心の複雑さを理解したかった。
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