第15話 楽器練習
しかし、昼の休憩時間にようやく恭一は痛みが大分ましになり、いつものように知章と拓也の三人で、音楽室で演奏をしていた。
恭一はCINZA(シンザ)というバンドが好きで、その楽曲ばかり演奏している。知章も拓也もシンザはそれなりに聴いていたので、三人がシンザのコピーをするにはそれほど時間を要しなかった。
シンザというバンドはレーゲンボーゲンと同じロックバンドであり、どちらが好きか一時期ファンの中で揉めていた時があった。それほど、どちらのバンドもテレビでは注目の的であったし、日本全国に知れ渡るほどの有名なバンドだった。
今日も知章が一曲を歌っていて、拓也がおぼつかないキーボードを弾く。そして断然上手いのは恭一の迫力のあるドラムだった。
ファンというファンはいないけど、そこにいる生徒たちは誰しも見る腕前であり、そこだけは関心がある。
一曲目が終わった後、恭一は汗ばむ額を右の半袖のカッターシャツで拭っていると、そこに見たことがある姿があった。
「あれ、泉ちゃん」恭一は教室にいた泉を見て驚愕した。「聴いてたの?」
「はい、鳴尾さんがドラム上手いって前から知ってたんで、でもあたし前からここで聴いてましたけどね」
泉はもう一人女友達と一緒にいた。その女性はメガネを掛けて、そばかすがチャームポイントだった。
「おい、この子は誰だ?」横で知章が恭一に聞く。
「ああ、荻野の妹だよ。どっちもおっぱいは大きいぜ」
そう言うと、知章は泉の胸元をぎらついた目で見る。彼女は恥ずかしさで、両腕で覆い隠した。
「そんなに見るな。後輩だぞ」
知章は恭一が笑いながら言っているのかとニヤニヤしていたが、彼は真顔だったので、知章は一気に笑顔が消えていった。
「あたしもドラムがしてみたい。いいですよね?」
泉は恭一の傍まで行くと、「いいよ。楽器の経験は?」
「無いです。音楽は好きなんですけどね」
「それってJポップが好きなだけ? それとも音楽の授業そのものが好きってこと?」
「えへへ、Jポップオンリーです」
「だよねー」
その光景を見ていた、知章は何となく面倒くさそうに呟いた。「おい、次の曲もやろうと思ってたのに……」
「まあまあ、今日はせっかくのお客さんがいるんだから。もう一人の子もこっちへ来な」
と、恭一は言うが、そばかすの女子は困ったように泉に目配せしている。
「友理奈は男慣れしてないんですよ。だから……」
「分かった。君はそこにいたらいいよ」
そう恭一に言われて村田友理奈はホッと胸を撫でおろした。
恭一は椅子から降りて、ドラムのバチを泉の目の前に差し出した。「やってみるかい?」
「いいんですか?」泉は半ば戸惑った様子で、知章を見る。
「まあ、リーダーが言うんだから仕方がない」知章は渋々に言った。
泉は恭一からバチを受け取り、黒いドラムスローンに座った。「うわあ、高い」
「ちょっと待って。一回降りてみな」
そう言われて泉は降りると、恭一はグルグルドラムスローンを回して調節した。「これでどうだい?」
「あ、丁度いいかも」
「よし、これがハイハットって言うんだ。一回叩いてみな」
泉はバチを使って叩いてみる。チーンと軽い音が聴こえた。
「それで、これはスネアドラムと言って、一番叩きたいもんだ」
泉は叩く。バチンとこれも軽い音が聴こえた。「おお」と、泉は自分が鳴らした音に対して感嘆する。
「ふんで、これはバスドラムって言うんだ。足で音を出すんだ」
泉は足を蹴った。重たい音が響き渡った。
「後は、これで、リズムを取るんだ」
「他は? この太鼓たちは何?」泉はスネアドラムの隣からハイタム、ロータム、フロアタムを叩いた。
「まあ、初心者はこのハイハットとスネアとバスの三つでリズムのコツをつかむんだ。あと、バチの持ち方もあるし、いかに軽くソフトに持つかが、ドラムが上手くなるコツなんだぜ」
と、恭一は笑った。
「ふーん、面白そう」と、泉はシンバルを叩いた。音の振動が一番伝わる音に対して笑みを浮かべた。
「おい、お嬢ちゃん。練習はここまでにしておいて、そろそろ恭一と変わってくれないか。もう後一曲くらいしか歌えないじゃないか」
待ちくたびれた知章はいつ堪忍袋の緒が切れるか気が気でなかった。泉は気を使って、「すみません」と、ドラムスローンを降り、恭一にバチを返した。
「ゴメンな。音楽の話はいつでも聞いて」
そう言い残して、恭一はドラムスローンに座って、バチを四回鳴らしてリズムを刻んだ。
そこで演奏が始まる。キーボードの拓也は恭一と泉のやり取りに対して何も思っていなかったが、演奏が始まると、淡々と演奏をこなしている。
泉は友理奈の隣の席に座って、三人の演奏を見ているが、特に恭一の演奏ではなく表情を見ていた、
彼はドラムを叩くと真剣な眼差しになっている。昨日のやり取りでは見たこともない表情だ。目が細くて表面がそのまま出た剽軽な性格もいいが、ドラムを目の前にすると顔つきが変わるところが何だか頼りがいがあって好きだった。
知章は一曲歌い終わった後で、丁度チャイムが鳴りだした。「今日は終わりだぜ」と、恭一は自分のスティックをケースに入れると、即座にドラムから離れた。
「何だよアイツ……」
歌いたかった知章は最後まで歌いきったのに、どこか煮え切らない気持ちのまま恭一を睨んでいた。
拓也は二人の空気を読んで、そのまま教室を出て行った。
泉と友理奈は恭一と一緒に音楽室を出て、階段のところで、「ありがとうございました」と、泉は恭一に言った。
「こちらこそありがとう。じゃあな」
と、手を上げて、去っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます