第13話 聡の大切にしてる物

 恭一は隣の聡の部屋を二回ノックした。中から「はい」という声が聞こえてきた。

「失礼します」恭一は恐縮しながら、襖を両手で横に滑らせた。

「あの、住職さんの指示で下着は聡に貸してもらえと言われまして……」

 恭一は一つ年上の聡に対してどう接していいのか分からなかった。そもそもあまり先輩と付き合ったこともないので、余計に難儀していた。

 聡は奥の勉強机の椅子に腰かけていた。彼は泰三の言った通り、受験に向けて勉強をしているようだ。

「ああ、引き出しに入ってるから好きなものつかっていいよ」彼は持っているボールペンで彼の後ろにあるタンスを差した。

 何ともか細い声だった。本当に音楽が流れていたら、恭一は聞き返したくなるほどの声量だった。

「すみません」恭一は抜き足差し足になって、聡を一瞥した。

 やはり彼はどこか生き生きしていない。目を見たら何となくわかる。仕方なく勉強もやっているのだろうか。

 まあ、勉強嫌いな恭一はそこに対しては共感を覚えていた。勉強なんてするものではない。したところで全て社会に役立つわけではないのだ。

 聡はタンスの方を差していたのだが、タンスの引き出しは四段まであって、どの引き出しにパンツとシャツが入っているのかは分からない。

 恭一は声を掛けようと思ったのだが、何とも言えない不穏な空気だったので、取り合えず一段目から開けてみた。

 そこにはTシャツやジーンズがキレイに畳まれている。恭一は丁寧にそれを両手でよけようとして、奥に入っていないか確認すると、衣類ではない何かがあった。恭一はそれを取り出した。

 ――これは、レーゲンボーゲンのアルバムじゃないか。

 レーゲンボーゲンとは日本のロックバンドであり、十代、二十代のファンを中心に活躍している。日本離れした楽曲と各メンバーの演奏が卓越しており、海外でも注目されている。十年前から日本全国に一気に人気が集中し、彼らが開催されるライブのチケットは即完売。野外ライブではチケットを取れずに泣き崩れるファンたちが、入り口前で聞こえてくる歌声で、一緒に歌っていたというテレビの特集を、且ての恭一は興味津々で観ていた。

 恭一もレーゲンボーゲンのファンであり、一回ライブに行ったことがある。やっぱり現実の迫力は凄いものである。高いお金を払って見た買いがあったと、三日は興奮していた。

 聡は恭一が探す音が聞こえなくなったことで、不意に後ろを振り返り、恭一がアルバムCDを手にしていることに対して、怒りを露わにした。

「おい、それに触るな!」

 あまりの怒号に恭一は飛び上がった。恐る恐る後ろを振り返ると、感情を露わにしている聡が睨みつけていた。

「すみません」恭一はすぐにそのアルバムのCDを引き出しに戻した。

「いや、オレの方こそゴメン。下着は引出しの三段目にある」

「はい」

 恭一はまだ手が震えていた。あれほどか細い声だったのが、泰三のように部屋中響き渡る声に変わったので、何だか悪いことしていないのに怒られたという実感があった。

 下着は三段目にあった。恭一は何となく普段使っていないだろうという奥にあった下着を手に取り、引き出しを閉めた。

「ありがとうございます」と、聡の顔を見ずに声だけを出して、そのまま去ろうとした。

「さっきのCDの件は、住職には言うなよ」

 その発言を聞いた時、恭一は後ろを振り返って聡を見た。

「どうしてですか?」

「分かるだろう」

「もしかして、レーゲンボーゲンが好きなんですか?」

「うるさい。見なかったことにしてくれ」

 そう言われて、恭一はスマートフォンの充電器のことも借りたかったのだが、何も言えずに部屋から出た。


 恭一は湯船に浸かりながら思考を巡らせていた。

 しかし、ここの家庭は複雑だな。母親は十年以上前に亡くなっていると葵は言っていたよな。ということは、住職が修行僧たちを受け入れる前のことだ。何故亡くなったのかは、恭一には分からないが、アレで、住職は気が狂ったんじゃないのか。

 その後、その修行僧たちへの教えが上手くいかなかった。腹を立てた泰三はどうせ後継ぎになる聡に厳しい教育をさせた。

 幸い、葵や泉に対しては厳しくはしていない。寧ろ溺愛している様子だ。長男の方はどうだ? 愛情をこめているのだろうか……。

 そこまで考えていると、恭一はかぶりを振った。オレの知ったこっちゃない。オレはどちらにしてもただの修行僧――いや、ただの高校二年生だ。

 母親多恵からは、週に一回ラインのメッセージをくれる。彼女曰く、本当は毎日送りたいけど忙しいということで、週に一回は送る話をした。恭一としてはどっちでもよかった。本当は送ってもらいたいけど、どっちでもいい。

 離婚した父親とは音信不通だ。彼は新たな家庭を持っているらしく、昔の話は水に流したいらしい。

 多恵は新しい彼氏と楽しいひと時を過ごしているのだろうか。もしかしたら十年以上前のパーティにすでに恋人同士だったのではないのかと恭一は推測する。

 しかし、その時の記憶も朧げな感じなのに、探ったところで何になるのか。

 恭一は湯船に浸っている両手を見ながらため息をついた。

 オレもこれからの人生考えないといけないのか……。

 葵の初恋の人だと泉からは茶化すように発言していたが、どうなのだろう。少なくともその頃は両思いだったのだろうか。

 まさかな……。

 恭一は湯船から立ち上がり、風呂から出た。

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